クマちゃんからの便り

ヴェネチア浮遊 その7
H鋼、アーティーチョーク、小さな頭蓋。


真夏の日差しになったが湿気がないから
日陰にはいると寒いくらいだ。九時開始。

オレに経済的負担を掛けまいとして
ファビオは、必要に応じて手元の員数を加減して
ボンヤリ立ったままや
ぶらぶらしている者はいない。
TSUCHYもリフト回しで汗をかいて、
ついに<LA LUCE CIRCOLANTE>の
残りのH鋼は全て建て終わった。

後は硝子柱を組み上げるのだ。

「ああ、出来ましたね」

ロベルト司教がいつもの穏やかな笑顔で降りてきた。

「ありがとう。でも見せ場はこれからなんだ」

「楽しみにしてますよ」



ファビオが短くしてきたクレーンの柱を、
硝子を吊る明日のためにジョイントして立て直した。

サンフランチェスコ聖人は鉄の檻に入った。
後一時半、今日はここまでにした。

海外遠征の時オレは街をわざわざ見物などしないし、
飲み屋にいくでもない。

ゲージツの現場と宿の生真面目な往復のすがらに、
ちょっとしたノートだとか、アーティーチョークだとかを
近くの店で買うぐらいである。
窓を開け放った二階で原稿を打っていた。

ひとりでサッカーボールをトリッキーに蹴りながら走る
小僧の乾いた足音が心地よく這い昇ってくる。

BLUEの天に二トンの硝子が突き刺さる明日を
イメージするオレの耳に、
迷路のような石畳を芝生のサッカーコートに仮想し、
見えない相手を抜きながら、
トッティーが蹴ったゴールの軌跡を夢見る
サッカーボールより小さな頭蓋が
鋭角にターンして壁に当たる音がした。



『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

2003-05-27-TUE

KUMA
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