クマちゃんからの便り |
ヴェネチア浮遊 その11 硝子の個展、懐かしい顔、スピード狂マダム。 古い煉瓦壁に釘を打つことを制限されて、 長い鉄のフラットバーを回廊に張り巡らし <CAMPANELLA>をそれに掛けることにした。 金具代は少し予算外だがなんとかなりそうだ。 「KUMAの巨大なオブジェのスピリッツと チカラ技で創った <KUMA IS KUMA>の硝子を、 ヨーロッパに知ってもらう」 とMUDIMAの個展と同じ ドミニク・ステラがキューレートした オレの初期の硝子展が、今日二十七日から <GalleriaBlanchaert-Milano>でオープン。 少し売ってヴェネチアの足しになればと軽く考えて、 オープニングにオレが出席する予定はなかった。 「評論家やコレクターが来るのにそれはいけない。 出来れば出席して顔を見せることです」 TSUCHYが強い調子で言った。 建築課の学生・ヴィクトーリオが自分の車を運転して ミラノに向かった。 オレの硝子オブジェの現物をまだ観たことがない 硝子作家のクラーディオも一緒だった。 三時間かかってドゥオーモに辿り着き電話をすると、 「手違いでたった今、オブジェの梱包が届いたところだ。 こんなことは初めてなんだ」 オーナーが慌てているようだ。 「俺達が先に行って展示をなんとかして オープニングに間に合わせます、 作家が行っては舐められます」 TSUCHYは不測の事態に対処するとき 生き生きして見える。 オレはホテルで待機。 電話が来たのは六時半、 「無事に納まり厳重に注意しときましたから、 何もなかったようにこっちに向かってください」 二十歳でニッポンを出た彼はタフな永い海外暮らしで、 ファイティング・ポーズが出来ている頼もしい男だ。 小さな画廊だがウィンドウから オレの懐かしい硝子のオブジェが見えていた。 ぞろぞろとヒトが入ってきて、 誰がコレクターやら評論家やら分からない。 TSUCHYが通訳で、オレは求められるままに カタログにサイン。 裏の中庭でワインだけのパーティが始まった。 具合がよくないと聞いていたMUDIMA館長 GINOが来て、久しぶりの抱擁、 「タバコ吸うか」 「いや、やめとく」 タバコ好きの彼は顔色も粉っぽく相当イカンようだ。 ジョバンニ、アンテプリマのエルマーノ、 ドミニク、シシリー島のニノもかみさんを伴って来た。 みんな半年ぶりの元気な顔だ。 デビューの恩人GINO以外は…。 それでも 「ヴェネチアも楽しみにしている」 と言う。 「今回の硝子の作品も凄く気にいっているわ」 ジョバンニはオレの鉄のコレクターのひとりで、 みんなの感想は大方好評だった。 フィリップ・ダベリオは大御所らしいが 「ニッポンでひっつかまえたヒカリをチカラで封じ込め 西洋ではなく<KUMA IS KUMA>だ。 凄くチカラを感じる。おめでとう」 と言って一緒に写真におさまった。 今のオレはコトバより 会期中に何個売れるかが切実な気がかりである。 ジョバンニのベンツに乗り込んで、 見かけはたいした店構えではないけれど、 魚のカルパッチョと手打ちパスタが絶品の店へ向かう。 ハイソサエティのマダムはスピード狂だった。 夜のミラノを突っ走る。 「おいおい、モンテカルロじゃないんだ」 オレはシートベルトを握りしめていた。 「ヴェネチアでのパーティはわたしにお任せよ。 四、五〇人が入れるところね」 ヴェネチア個展がまた近づいた。 『蔓草のコクピット』 (つるくさのこくぴっと) 篠原勝之著 文芸春秋刊 定価 本体1619円+税 ISBN4-16-320130-0 クマさんの書き下ろし小説集です。 表題作「蔓草のコクピット」ほか 「セントー的ヨクジョー絵画」 「トタンの又三郎」など8編収録。 カバー絵は、クマさん画の 状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。 |
2003-06-01-SUN
戻る |