クマちゃんからの便り |
ヴェネチア浮遊 その12 走るアジアの雨期、ACミラン、 カップラーメンとエスプレッソ。 ミラノ中央駅からヴェネチアまで特急電車で三時間。 乗り込んで間もなくオレは汗を吹きだしはじめ、 車両の他の客もサウナ状態になった。 ボテーロの彫刻みたいな体型の車掌も汗を拭きながら、 配電盤をいじっている。 イタリアンの気配を漂わせるTSUCHYが 「ヒーターは季節的に早すぎるぞ」とせっつくのだが、 取り扱いガイドブックを見ながら焦る車掌が スイッチをパチパチやるが、 走るアジアの雨期は治まらなかった。 イタリアのスキンヘッド親父達も 湯気をあげて抗議しはじめるが、どうにもならない。 諦めて田園風景を眺めながら睡魔にゆだねるオレは、 やっぱり湿気に強いアジアの体細胞なのか。 暫くして車掌が来て 「後ろのコンパートメントは クーラーも効いてるし 席も空いてますので、どーぞ」。 まだ二時間はあるので移るとやっぱり快適だった。 ヴェネチアに着くと今晩のサッカーの チャンピオン・リーグ決勝戦で持ちきりで、 しかもユベントスとミランというイタリア・チーム同士が 遙かマンチェスターで闘うビッグイヴェントらしい。 オレも部屋のテレビに 初めてスイッチを入れた八時四十五分、キックオフ。 近所の窓窓から上がる歓声では どうやらACミランのファンが多いようだ。 どっちでもよかったオレは絵の具で落書きしながら、 歓声のたびに見慣れてないテレビを観る程度だったが ミランの方が押し気味だった。 しかし<0−0>のまま延長も勝負つかず、 ゴールキックの蹴り合いでやっとACミランが勝った。 遅い時間、窓窓から 「ブラボー! ミラン!」 の大合唱だ。クールなオレは残り少ないゼニ勘定。 朝になればそこら中で親父どもが 赤と黒のチームカラーを着て、 昨日の試合についての興奮した立ち話だし、 小学生の男の子も女の子もミランを讃える歌を合唱して 石畳を往く。 ファシズムの台頭かと思った。 <蹴る>という行為には憎しみが籠もっていて、 サッカーは<蹴る>コトを形にした闘いなのだろう。 世界のあっちこっちの貧しく狭い路地で サッカーボールを蹴り合う少年達が スーパースターになり ゴールに球を蹴りこんで観衆を湧かせ、 莫大なゼニを稼ぐのだ。 闘うイメージを創ることが出来ない 頭蓋を乗っけただけの足腰を、 いくら鍛えてもせいぜいスポーツどまりだろう。 もう何日になるのか、 <カップラーメン>と<非常用保存食の白飯>の朝食。 お湯さえあれば立派なラーメンライスで、 昼か夜はイタリアン料理を喰うからこれで十分である。 フランチェスコ教会に向かう。 ロベルト司教が 「一昨日も昨日も、美しい虹が出てましたよ」 とオレにエスプレッソを入れてくれた。 炎天のもと<La Luce Circolante>に囲まれた フランチェスコ像の下で、 交尾するトカゲの痙攣する背中が緑色に輝いていた。 『蔓草のコクピット』 (つるくさのこくぴっと) 篠原勝之著 文芸春秋刊 定価 本体1619円+税 ISBN4-16-320130-0 クマさんの書き下ろし小説集です。 表題作「蔓草のコクピット」ほか 「セントー的ヨクジョー絵画」 「トタンの又三郎」など8編収録。 カバー絵は、クマさん画の 状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。 |
2003-06-02-MON
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