クマちゃんからの便り |
ヴェネチア浮遊 その13 教会、突然の訃報、符合するジカン。 今回のフランチェスコ教会での個展が決まった十二月に、 脱着自在のボルトナットで巨大に組立、移動できる方式で 武川FACTORYで創った<循環するヒカリ>を、 武川の山の上でシミュレーションしたのは 十二月も深まっていた。 その様子を撮ったビデオにPAOLOはじめ <ARTE COMMUNICATIONS>の スタッフ全員は、想像外の大きさと フランシスコ像を取り囲み構築する危険な作業に呆れて、 個展自体をオーガナイズすることに 反対だったという。 その為に狭い空間で500kgまで吊り上げる 手動クレーンまで設計して、 なんとかOKを取り付けたのだった。 ニッポンでいえば法隆寺の中庭に 12トンの鉄と硝子を運び込んで オブジェを創るようなものだ。 オレは充分自信はあったのだが、 フランチェスコ教会の中庭をオレに解放し <la Luce Circorante>を創ることや、 <Campanella>を回廊に張り巡らすコトを許してくれた ロベルト司教や、 この場所をオレにオーガナイズした PAOLOの懐の深さにあらためて感謝する。 日に日に細かいところまで計画どおりに建っていき PAOLOもロベルト司教も 喜んでいるのでホッとしている。 開催日の六月十二日も近づいた昨日、 PAOLOが教会のオレを、 大きな訃報を抱えて訪ねてきた。 美術批評家の第一人者 ピエール・レスタニ氏が亡くなったのだ。 TSUCHYを挟んだ三人は <循環するヒカリ>を眺めていた。 「OPEN98は直前に亡くなったセザールの 出品したオブジェは大反響だったし、 去年は始まる三日前にオフクロが死んだけど、 オノヨーコが出品して話題になった 女性の彫刻展だったんだ。 今年はジーナが初めて参加するし、 レスタニとKUMAを会わせるのが楽しみだったのに…」 二十年来の彼の教え子だった PAOLOの落胆振りは大きい。 「会ったことがないが ピエール・レスタニにこのヒカリを捧げるよ」 「ありがとう。こんな大きなKUMAの作品が ここに出来上がったのは奇跡だよ」 彼は少し笑顔を取り戻した。 サミットより大事件の訃報は ヨーロッパ中を駆けめぐった。 <OPEN2003>の最高責任者で、 オレを招待したのも彼だし、 オレのオブジェに批評のコトバを 寄せてくれる予定だったし、 十二日の個展オープニングに来るのを 愉しみにしていたらしい。 ヴェネチアの船着場で屯していたゴンリエーレや 水上バスの車掌たちも、 新聞記事を見ながら残念そうに両手を左右に拡げた。 労働者の果てまでのも悼まれる美術批評家が ニッポンにはいないなぁ …とどうでもイイ事柄が頭蓋をよぎった時、 「彼と永いつき合いの盟友GINOに KUMAのテキストを書いてもらおうと思っているんだ」 PAOLOがオレに提案した。 「ああ、いいアイデアだ。 しかし、彼も早く頼まないとな…」 オレは二,三日前ミラノの個展会場で強い光に晒された GINOの白っぽい顔を思い浮かべた。 「分かっている。明日電話してみるよ」 九十八年十二月、アンテプリマのIZUMIさんが 「友達のセザールに会わせる」 という約束をしてくれた。 サハラ砂漠に遠征してオブジェを創った帰り、 セザールに会いにパリに向かう前日、 ニジェールの宿で彼女からの <訃報>のEメールを受け取ったのだった。 妙に符合する過ぎ去っていくジカン。 しかしヴェネチア、ミラノ、リド島と 続く往けるところまで行くオレのイタリア三連発は これから始まるのだ。 『蔓草のコクピット』 (つるくさのこくぴっと) 篠原勝之著 文芸春秋刊 定価 本体1619円+税 ISBN4-16-320130-0 クマさんの書き下ろし小説集です。 表題作「蔓草のコクピット」ほか 「セントー的ヨクジョー絵画」 「トタンの又三郎」など8編収録。 カバー絵は、クマさん画の 状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。 |
2003-06-03-TUE
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