ヴェネチア浮遊 その19
開幕、レスタニ追悼、朝刊に載ったKUMA。
何処へ行くにも水上バスで運河を往き、
自分の足で迷路のような石畳を歩くしかないヴェネチアは、
二〇〇年ぶりらしい猛暑である。
そしてヴェネチアビレンナーレが始まった。
広大なメイン会場のなかに、各国のパビリオンがあって、
その国のキュレイターに選ばれた作家たちが
競い合って展示し、
そこにコレクターや画廊関係者や評論家や、
それぞれの思惑を持った美術業界の人々、
観客たちが世界中からわんさかと馳せ参じる、
とにかく一大美術博覧会なのだ。
今日から三日間はパスを渡された関係者だけに開放され、
何処のパビリオンでも趣向を凝らした
オープニング・パーティだらけらしい。
二年おきに五〇回を迎えるということは
一〇〇年以上続いている巨大な美術の万博で、
アートも立派な産業になっているのだろう。
オレの個展は本会場から少し離れた
ダウンタウンにある古いサンフランチェスコ教会だ。
国とも企業とも援助を受けることがないけど、
今日から十一月二日までビレンナーレと同時期に
自分のチカラで開催することが出来た
誇り高いイヴェントである。
オレのオープニング・パーティは夕方六時からだが、
フランス館前で<ピエール・レスタニ>の
追悼が行われるというので、炎天の猛暑の中、
TSUCHYとアンナ、クラーリオ等と
広大なビレンナーレ会場に向かう。
いちおうみんな芸術関係風のラフな恰好しているが、
炎天で殺気だった執拗な熱気が
発酵した膨大な人間の佃煮状態である。
大阪万博はアングラ時代で無視したし、
ディズニーランドなぞ興味もないオレには、
初めてに近い人混みだったが、
こんな無数の眼玉にゲージツを愉しんでいるヒカリは
見当たらなかった。
宣伝力のないオレは、<KUMA>のロゴや、
個展会場の場所・日付をデザインした作業服を着ていた。
そりゃ、拷問にちかかった。
<レスタニ>を偲ぶヒト等が
ずらりとフランス館の階段に現れ、
追悼のコトバをマイクの前で告げている。
ONO YOKOさんはさすがに存在感をはなっていた。
その横になんとGINOが立っている。
顔色は悪いが元気そうにみえた。
イタリア語で内容は分からなかったが、
声だけで詩になっていた。
PAOLOの顔もある。
終わると近くの岸壁に待機させておいた水上タクシーに、
GINOはじめ、ドミニク、フランコB、
PAOLOが手当たり次第
その場で誘った人を定員オーバーに載せて
オレの会場まで向かう。
すでに会場には客が詰まっていた。
ロベルト司教も笑顔で「おめでとう」、
<運河の三兄弟>もマッチョ等も
「おめでとう、なにか不備があったら言ってくれよ」
「KUMAおめでとう。力強い彫刻を久しぶりに見たぞ」
GINOは悪い顔色をほころばせた。
ミラノからわざわざ駆けつけてくれたIZUMIさん、
荻野兄貴、エルマーノ、ジョバンナ、マリーナ・プラダ。
教会の伝統的料理を喰うヒマはオレにはなかったが、
みんな大満足のようだった。
これから五ヶ月間の期間中、
<La Luce Circorante>を
五〇万人の善男善女や子供らが見てくれるのもイイ。
しかし、<精神の点眼液>になった、
余剰なモノであるゲージツが、
新しい<ピエール・レスタニ>の眼に停まるコトを願う。
昨日のオレのオープニングが、
さっそく朝刊<IL GAZZETTINO>に
載っていた。
『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。 |