ヴェネチア浮遊 その20
来場多謝、虹の幼児、兵士の休息。
まだ殺人的な猛暑が続くなかで、
アーチスト達の個展がオープンしていく。
今朝の新聞に写真付きで掲載されたせいか、
サンフランチェスコ教会にはオレの
<La Luce Circrete>を見に
大勢のヒトが来た。
フランコはTSUCHYの義父で、
普段人前でニコリともしない頑固者だが、
ムラノ島から再度引き連れて来た職人達に
オレのオブジェを得意げに説明していた。
心強い味方である。
ナポリからきたヒト、ロンドン、パリ、フィンランド、
いちいち訊くのも面倒なくらい
色んな国のヒトたちがゆっくりと
オレのオブジェを眺めている。
みんなオレのカタログにサインを求めていく。
「素晴らしいルーチェ・チルコランテだけど、
壁のカンパネラはどんな意味か」
と質問する婦人がいた。
「いい質問だ。これはオレが極東で創った
眼で聴くヒカリの音楽なんだ。
バーナーの火を放つオレのリズムや
鉄の酸化するジカンを、縄の謎を愉しむとイイ」
オレのダミ声が回廊に響く。
TSUCHYの翻訳に
回廊のヒトビトが寄ってきて耳を傾ける。
「眼で訊くんだ」
オレは再度叫んだ。
「素晴らしい。ありがとう」
婦人は微笑み回廊の音楽を確かめに行った。
ビレンナーレの本部事務局から来た男が、
回廊のあちこっちからチルコランテを眺めていたが、
やがてケイタイで
「凄い」
を連発して興奮している。
ナルセが英語で<La Luce Circrante>の説明をすると
頷きながら帰っていった。
虹が日向から回廊に移行し始めたら、
男が汗を拭きながら数人を伴って再度現れた。
また
「ヴェリニッシモ!!!」
の連発である。
母親に連れられた幼児がちょこちょこ
虹のなかに入っていった。
この世に来て間のない肌がヒカリの音に染まった。
これから積み重なっていく彼の無意識の
一番深い記憶になればイイ。
十年ほど在住するパリからカメラ機材を身体中に下げ、
週間ポストの取材で飛んできた斉藤カメラマンは、
痛快なニョショウである。
回廊や中庭での撮影が済み、
涼しい大聖堂のなかでインタビュー取材を受けていると、
祭壇の前で牧師の説教と賛美歌が始まった。
教会建築の石で冷やされた空気のなかで、
異教徒達は構わずシゴトを続けた。
夜、香港館が開催するディナーに招待され、
燃えたオペラ座の近くのレストランへ
TSUCHYと出掛け、
荻野兄貴・IZUMIさんとテーブルを一緒した。
通訳なしの日本語で直接交換する
ゲージツの会話にホッとしたジカンだった。
明日はサンマルコ広場の近くにあるという
古いボタン屋に行って、
ついでに村上隆の展示を見てこよう。
もう頭蓋内に次のアイデアが始まっている
オレの<兵士の休息>はもうそろそろお仕舞いだ。
ヴェネチア・ビレンナーレのパビリオンなぞ
一度も訪れることなく、
オレはまた自分のゲージツの場に戻っていくのだ。
『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。 |