クマちゃんからの便り

ヴェネチア浮遊 その21
レスタニ追悼ランチ、フランコB、帰り支度。


頭蓋内のゲージツ・ショードーに翻弄されながらも創る
オレのゲージツの一番のファンは、やっぱりオレである。

去年のミラノ・ムディマでの初個展は
絶賛のデビューだった。

あれから半年ちかくのヴェネチアでの今回は、
「ベリッシモ!!!」攻撃に遭う
ヒカリのミュージシャンだ。

強い日差しのなか、短く濃い影を引きずって
フランチェスコ教会へ向かう。

何ジカンも何日も独りコトバを交わすこともなく
ゲージツする山梨FACTORYでの
激しいゲージツ・ジカンに感じる豊かな孤独とは違う、
石畳と石の迷路を急ぐでもなく
とまるでもなく消費していく歩行だけの日々に
少し飽きてきた。
やっぱり創り出している<手>のジカンに
オレの生きてる実感があるのだ。

気分転換にボタン屋に行ったが
二軒とも閉まっている人混みの今日は土曜日だった。
レスタニ氏が定宿にしていた小さなホテルの下は
古いレストランで、彼もここで食事を愉しんだという。
美味そうに並んでいる料理の皿のなかに、
煮染めたオデンの大根の輪切りを見つけた。



「あれが旨そうだな」

「ああイイですね。
 アーティーチョークの付け根です、
 旨いです」

TSUCHYがレスタニ氏も好きだったと付け足した。

芋のような詰まった味だ。
そしてパスタはやっぱりトマトのスパゲッティ。
メインは舌ビラメのグリル。
いつもより贅沢な昼メシは、
オレ達のレスタニ追悼ランチだった。

サンマルコ広場にある国立美術館に、
<ラウシェンバーグから村上隆まで>
とタイトルが付いた巨大なバナーがさがっている。
今日から始まった。
入るなりルイヴィトンの
キャンペーンVIDEOで始まり、
代表的な二〇世紀のそうそうたる巨匠等の作品が
一点ずつ展示、印刷物でしか知らなかった
POPアートの絵画群である。

へなちょこなパフォーマンスや
うんざりする退屈なVIDEO作品が横行する昨今、
もっと絵画するチカラも見直すべきだ。
最後の大きめのブースは村上の絵画である。

ルイヴィトンを後ろ盾に、
ついに二〇世紀のPOPアート絵画の巨匠等と
肩を並べた村上隆は、
何処に向かっていこうが素晴らしいことである。
コーヒーを奢ってもらおうと思ったが、
巨匠は見当たらなかった。
マ、忙しいことだろう。

TSUCHYとバーでミネラルを飲んで休んでいると、
ビエンナーレのカタログを持った
アート関係者のグループが
観てきた感想を話し合っている。

「ジャポネーゼ館は、全く期待はずれだったよ」

の一言で終わり、
話は他のパビリオンの話題になっていたようだ。

休みだったボタン屋の方が気になっていたオレは
『やっぱり浅草橋だなぁ』と思っていた。

「TSUCHY、オレ、月曜日に帰ることにするわい。
 次は八月のOPEN2003、またヨロシク頼むぞ」

「ビレンナーレ会場を観ないで帰るんですか」

「ヴェネチア・ビレンナーレを観に来たのではない。
 オレが個展をやる時期に
 ヴェネチア・ビレンナーレが開催されてただけだ」



帰りの水上バスで、オレの初日に来てくれた
頭のてっぺんから全身にまで刺青をした、
ロンドンの人気作家フランコBに遭った。
彼もOPEN2003のイギリス代表の招待作家だ。
欲しいと言っていたオレの作業服を、
八月リド島で会ったとき渡す約束。
紹介してくれた連れの香港の作家に
オレのカタログ兼ポスターを渡すと、
他の乗客に拡げたポスターの端を持たせた
ヴァイオレンスな見かけのフランコBは、
オレの<Luce Cirucorante>が
どんなに素晴らしいかを大声で説明しはじめた。

「ありがとう。リドでフランコの作品楽しみにしてるよ」

「KUMAはまた大きなモノ創るんだろう」

「もちろんだ、アリベデルチー!!!」

バスを降りた彼の頭蓋に彫ってある炎が
人混みに紛れていった。イイ奴に会った。

こうしちゃいられない、帰る準備だ。



『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

2003-06-20-FRI

KUMA
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