成長する草有機の錆びジカン、
休憩はもうお仕舞いだ
しばらく留守のあいだに、
FACTORYは成長の速度を増し
濃い緑の山草どもに被われて、
すっかり雨月物語のようだった。
ヴェネチアの強いヒカリと激しい暑さのなかで
<La Luce Circorante>と格闘している間、
天を目指す緑の成長に囲まれ
酸化を続けていた<まだ未熟なピリオド>の錆び表面は、
梅雨の水分の流れをそのまま黄金に輝いていたのだ。
錆びは土に向かう有機ジカンだ。
葉を茂らせたハナミズキは日差しも、
雨もしのげる気に入りの居場所になっている。
そこに座したり横たわりながら、
リド島に運搬する<まだ未熟なピリオド>の
錆びた球体を日がな間近で眺めて過ごしていた。
時差ボケなぞではなく、
ヴェネチア遠征の疲れで動けなかった方がちかい。
胸ポケットからペンシル型のルーペを出して、
日に照らされ草の葉脈の先端にミクロの成長を覗く。
山蟻を掴まえ面を見る。
尻から出す蟻酸を半世紀ぶりに舐めてみた。
『ボルトナットだけは錆びてない新品にしよう』
『水抜きを塞いで、中に一〇〇リットルの海を作り
闇のなかで螺旋のヒカリを乱反射させるのだ』
久しぶりのバカなジカンに解体する
手順と梱包、運搬、再構築などを考えていた。
「けぇって来ただかぁ」
起重機を積んだトラックを止めた村のスダさんが、
重なる葉っぱの隙間から見えた。
「ここだぞ」
草のなかから叫んだ。
「そんなとこに居ただぁ」
「ヴェネチアの時差は治ったか」
「目に合っただ」
この辺では<大変な>を省き強調して言うのだ。
「もう懲り懲りか」
「また行きてぇだよ」
「じゃあ、明日はヴェネチアのお疲れエン会にするか」
「イイだねぇ」
やっとオレの躯に精気が戻り、
混合油を注いだ草刈り機を振り回し、
夕方まで掛かって雑草を成敗した。
夜、定年間際のゼネコン屋、梱包屋、
心肺機能検査機屋など、
ヴェネチア・チームにEメールを打つ。
湘南の大工<カーペン君>も飛んで火に入る夏の虫。
「お祝いにトカラ列島に遠征釣りした魚を持って行く」
と電話だ。
翌日、雨だったが朝九時には全員集合。
「エン会前に、これを解体したいんだ」
昼前に終了、ずぶ濡れになった手先どもは
車で<武川の湯>に浸かりに行った。
直径三メートルの球体も
一八〇〇×一八〇〇×一三〇〇の箱に梱包出来た。
小さく運んで大きく構築のボルトアップ。
昼からタロイモのショーチューを呑む。
「リド島は君たちの出番はないが、また何かと頼むぞ」
鹿の肉が届く、北海道からカスベやホッキ貝が届き、
延々山賊呑みが続き翌朝は、誰もいなくなった。
八月にリド島遠征の前に、総量二〇トンの石を削りに
香川の高松に出掛けるのだが、
高知の磯に寄って石鯛でも狙うか。
草の中で二,三日休んだのは、今年後半の分だ。
もう休憩はいらない。
『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。 |