クマちゃんからの便り

梅雨寒の海


若者向きに小説や美術の公募や
懸賞なぞの情報を満載した雑誌で、
<アートで喰う人々>というテーマのインタビュー。
公募展に無関心、自分のやりたい放題の
ゲージツをやって生きてきた理由の
98パーセントのオレに、
このタイトルは縁遠いがこれとても仕事である。

欧米では「アートはビジネス」が
当然のことになっているようだが、
たいして喰いたいモノなぞもないままのオレには、
今までいいビジネスになった思い出もない。

ヒカリを創る膨大な材料や、
溶解する高価に付く燃費、
米を村の百姓から購入すること自体が
すでに経済行為ではあるのだが、
ゲージツの売り買いだけで
新しいオレのショードーを賄いきれない。
それでも止めないオレの人生は燃費が掛かるわい。

盆が終わればまた制作開始する橋の欄干オブジェで、
石と組み合わせる分厚い硝子を削るため
小雨模様のなか久しぶりにアズサ。
鋭く雲を刺すものの心なしか発育遅れの気がする田圃。
冷夏を予測したヒグラシが一匹だけで
林のなかで弱々しく鳴いている山奥。
留守中、縦横に張り巡らせたクモの出窓には、
無数の頸が無い蠅が干涸らびていた。
掃除してクモから奪還した出窓に、
大武川に霧のカタマリが流れる中洲で、
移動することを止めた川鵜が
立ち上手にアマゴを獲っている。

黒棒菓子を食いながらエスプレッソを入れる。
大きな硝子のカタマリを、牟礼の石切場に発送した。

県立総合病院の広い待合い所に
巨大な硝子のオブジェを創る
来年度のシゴトの依頼だ。
避けられない死や老いや
怪我の不安を抱えながら
診療の番を待つうつむき加減が充満するスペース。
まだ縁遠いと思っていても
明日とて分からないゲージツ家はそそられて、
KUMA'BLUEの膨大な量のヒカリを持ち込み、
吹き抜けのガラス天井から墜ちてくる
ヒカリを受け止める触ることが出来るオブジェを
ゲージツすることにした。

またも十全ではない経済すら越えてしまう
オレのゲージツ行為は止められないが、
経済だけの退屈なジカンよりマシである。



8月6日は<GARA>の24回目の誕生日だ。
もう駄目だ、今度こそお仕舞いだ、
とオレをハラハラさせながら生きてきたが、
最近はめっきり脱水状態が続く。
いよいよ別れが近づいてきたらしい。
死んだら火葬屋で骨にして貰い
備前で作った骨壺にと思ったが、
猫好きのタクシードライバーが
「あれは余所の犬や猫の骨と
 一緒くたにしてくれるんだよ」
と教えてくれたから、
山のFACTORYの夏椿の下に埋葬することにした。

先日の牟礼に行ったついでに
小さな庵治石を貰い彼の石の家にして、
<GARA>とだけ彫り、
仕上げを石工のヨシに頼んできたのだが
今はお盆前で一番忙しいらしい。

彼の好きなヒラメとイカを釣りに千葉へ出掛ける。
雨の外川港<政勝丸>客はオレと連れだけの
ゆったりと大名釣りになり
3kg弱を一枚と1.5kgを三枚上げ、
時化もようで二枚潮だった勝浦港<浜よし丸>では
連れはヨレヨレ。

オレは集中を保ち何とかスルメイカ11ぱい、
メダイ一匹仕留めた。
久しぶりの釣りでの釣果にオレは喜んだが、
<GARA>はもっと喜んでくれた。

「何とか盆が終わるまで生きよ、GARA」



『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

クマさんへの激励や感想などを、
メールの表題に「クマさんへ」と書いて
postman@1101.comに送ろう。

2003-07-30-WED

KUMA
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