クマちゃんからの便り

土壇場のチカラ

いよいよオープニング前日の火曜日の朝になった。
湿気もない秋の快晴である。

九時になるのを待って九月三日の
「座頭市」切符を本会場まで買いに行く。
三〇分ほど並んで待たされた挙げ句は、
前日分しか売らないらしく、
「ZATOUICHI」は九月から上映だから
「まだ駄目」。

トボトボ部屋に戻ろうと見上げた空に、
昨日まで無かったはずの
「座頭市」の大迫力ポスターが、
しかもエクセルシオールの真ん前に
掲げてあるではないか!
なんとも嬉しい。

自分のコンテナーの件で
もやもやしていたヴェネチアの空が、
一気に日本晴れである。
ジャパンなぞが恋しいワケではなく、
詩を読んでいるような大好きな
KITANO―CINEMAと
ヴェネチアの空の下に一緒にいられるコトが、
不思議なチカラに充ちた気持ちにしてくれたのだ。



ひと目をはばからず
思わず座頭市の逆手斬りをしてしまい、
ポスターに一礼をしてから、部屋に戻ると

「リド島に一時から二時半までに着く」

との連絡あり。
なんとここに来て急に
イタリアが動き出したじゃないか。

<運河の三兄弟>、TSUCHYなど
ムラーノ島のサポーターに招集をかけた。
急いで剃髪を済ませていよいよオレの番である。
賑々しいなかでのボルトアップになるのに、
パソコンを打っている場合ではないわい。
・・・・

急遽道路脇のグリーン帯だった設置場所を、
リドの船着場からエクセルシオールに向かうバスが
大きく右に回るロータリーに面した
<BLUEMOON>の庭にして貰った。
ここならオレのオブジェをゆっくり観ることができる。
幅のある待ち時間を石のベンチで午睡。
カチンと石に当たる音が弾んで目が覚めた。
大きな松の実だ。
見覚えのある木枠を乗せたクレーン車が着いた。
ヨシッ! 梱包が手元に来ればこっちのモノだ。
開梱してから実作業の開始は四時。
赤道を通過してヨーロッパの灼熱で
鉄は微妙に伸びているのか、
九〇枚のピースを螺旋に転結していき
直径三メートルの球体にするボルトアップ作業は、
初めのうちなかなかボルトが入っていかなくて
難航していたが、
間もなく<運河の三兄弟>との息もあって
スピードアップ。
スピードダウンするひっきりなしに行き交う車や
バス、人等までオレのオブジェを観ていく。
変更は狙い通りである。



休憩無しで八時半ボルトアップ完了。
全て終了した。小さく梱包して巨大に増殖する
ボルトアップ方式のオブジェは、
サンフランチェスコ教会に続いて二度目だが、
確立したわい。

ロンドンから参加しているFRANKO―Bも

「ワンダフル!」、

駆けつけてきたロバート・C・モルガンも

「やっぱりパワフルだ。こんなの観たことない」。

「ありがとう…」

と言いながらも、出来上がったことで
ホッとして驚いてくれるだけで充分だと思っていた。
明日朝、突如出現している
<まだ未熟なるピリオド>に
人等は驚くことだろう。

そしてKITANO関係の記事は
日ごとに賑わせているらしく、
パーティのメニューまで載っている
新聞さえあると聞く。
KITANOにはやっぱし世界が注目しているのだ。



『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

クマさんへの激励や感想などを、
メールの表題に「クマさんへ」と書いて
postman@1101.comに送ろう。

2003-09-02-TUE

KUMA
戻る