クマちゃんからの便り

タッチアンドゴー!!!



成田から直行して収録終わり。
そのまま、伊従君や西村君が
かいがいしく料理を運んだり
ワインを注ぎ回る北野巨匠邸の大エン会によばれた。
ワインもさることながら奥方の手料理が美味い。
今回のメインは何本も採れないという
松坂牛の脛肉の煮込みである。

「イカン!」

これを喰っては駄目になると思ったが、
いやしいオレの箸は出てしまっていた。
堪らない旨さだった。

天才の話は映画から、
タップ、絵画にまで及んでいき、
オレの口の中にワインが絡んで
ヴェネチアになっていった。
明け方四時過ぎ

「俺は帰るけどみんな呑んでいってよ」

巨匠はあっさり不思議な世界に帰っていき、
オレ達もお暇したのだが、
オレは完全にアジャパー状態だった。
夢遊病のままヴェネチアに引き返した。

ヴェネチアはひんやりした空気になり、
鱗雲におおわれた空はいっきに秋になっていた。
しかし映画祭は真っ盛り。
本拠地エクセルシオールホテルの近辺に、
世界中から駆けつけてきた映画関係者の
落ち着きのない目つきがうろうろしている雰囲気は、
<ヴェネチアビレンナーレ>の開催当初と似ている。

北野巨匠も今頃は、
高級ホテル・エクセルシオールに投宿して
<座頭市>の大きなポスターも眼にしているだろうが、
一夜明ければ何十本もの記者会見、
インタビューの嵐が押し寄せるのだ。

夜になれば水銀灯が反射するアスファルトに
人通りも絶えるが、
数カ所に建てられた巨大テントのブースでは、
映画祭参加の作品が連日上映されていて、
上映が終わるたびエクセルシオールのロビーに
熱気を帯びた人等が集まってくる。
オレ等には見えない
CINEMAのビッグマネーが蠢いているのだ。

大きな土用波が押し寄せはじめたリド島の海岸線も、
海水浴するヒトなくどことなく寂しい気配が漂う。
海水浴と映画祭が終われば、
この島は全くなにもなくなるらしい。
オレは秋の波音を聴きながら、
リングの真ん中でノーガードで
血みどろの打ちあいをしているようだなぁと、
想いながら暮れにフレンチTV主催の
大コラボレーションで、
パリに持ち込むガラスのオブジェの仕上げや、
来年の巨大なボルトアップについて思案を巡らす。

<La Ruce Circorante>と
<OPEN2003>を同時に観られるこの時期に、
休暇をとってヴェネチア入りした
<文藝春秋>の森青年と夜中の十二時に待ち合わせ。
この時間やっている店が見当たらなく、
仕方なくまだ映画関係者がたむろしている
エクセルシオールのロビーにした。
彼はすでに昼間フランチェスコ教会で
<La Ruce Circorante>を
観てきたらしく、大いに感激していた。
しばらく浮遊してない
新宿や六本木のバーで過ごしているような
悪くない気分だ。



ところが、タッチアンドゴーで
リド島を離れたつかの間、
とんでもないビッグネームが
オレのオブジェを訪ね一時間半離れなかったという。
PAOLOが必死になってオレを探したが、
この写真を渡してくれと言って
彼はすれ違いにローマに戻った。
世界的な美術界の大立者 Achille Bonito Oliva 氏だ。
少し残念な気もするが、
まだ続くオレのフォルムだけでなく
スタイルに気付いた彼等が
見逃すはずはないだろう。



『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

クマさんへの激励や感想などを、
メールの表題に「クマさんへ」と書いて
postman@1101.comに送ろう。

2003-09-04-THU

KUMA
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