クマちゃんからの便り |
なんという贅沢‥‥ 七時半にエクセルシオール一階ロビーで待っていると、 北野事務所の伊従君から 入手困難なスタッフ用の入場券を マネジャーの成瀬の分と二枚いただいた。 CASINOのメイン劇場で <座頭市>が始まるのは午後八時の予定だった。 スタッフ達とロビーの一画で出番を待っていた 巨匠を見つけ、 「夢みたいだよ」 切符の礼を言うオレは、自分のオープニングの時より 興奮気味だった。 フランチェスコ教会の個展と <OPEN2003>が行われているヴェネチアで、 <DOLLS>以来の映画を メイン劇場で観るのだから、 こんな凄いジカンは、たびたびあるものではない。 彼は朝から夕方まで 二〇組ほどのインタビューをこなし 少し疲れていたようだが、 オレのゲージツを心配してくれたり、 さすがに巨匠の貫禄を放っていた。 「オレ、CASINOで登場を待つことにする」 CASINO前の鉄柵で囲われた広い花道には 青い絨毯が敷かて、すでにKITANOの登場を 待つ人等が隙間なく埋めつくしていた。 とにかくヨーロッパのKITANOファンは 労働者からインテリまで、 男も女もオカマまでと幅が広い。 昨夜のうちに閉まりかけの窓口で粘って 入場券を手に入れた森青年も 一緒に群衆に紛れて、 鉄柵が開くのを待っていた。 花道の真ん前にシトロイエンが滑り込み KITANOが降り立つと 「キタノ!」 「タケシ!」 「マエストロ!」 の掛け声と拍手とフラッシュの嵐だ。 そりゃあ、もう言葉では言えないが、 オレは群衆の中で、つい数日前北野邸で バカ酒のエン会ジカンを誇らしく思っていた。 広い満席の場内にマエストロ・KITANOが 大拍手で迎えられ登場、そして着席したのは 何とオレのシートの真ん前である。 世界の記者が放つフラッシュに 背後霊のようにいるオレまでが眩しかった。 「KUMAさんのゲージツも出来る限り 多くのヒトに知られヨーロッパに根付くといいね。 やったモン勝ちだよ」 と、登場前のロビーで言ってくれた KITANOからの大プレゼントだったのだと思った。 芸人ジカンで培った確かなセンスで エンターテーメント映画に仕上げてある音楽映画を、 久しぶりに心底たっぷり楽しんだ。 字幕ロールが流れ始めると総立ちで KITANOを見上げ物凄い拍手が鳴りやまず、 場内はタップのミュージックが流れると 拍手は二拍子に変わり、 彼は照れくさそうに一瞬タップを踏もうとするが、 すぐにやめてぎこちなく手を挙げて 場内に挨拶を送った。 ジャパンではこれから公開だから内容には触れない。 それぞれの目と耳で楽しむことだ。 ときかくゾクゾクする本物の映画である。 パーティのあるホテルに移り ロビーでマエストロが森プロデュサーと つかの間くつろいでいた。 「オメデトウ凄く気持ちのいい音楽映画だったよ、 アリガトウ!」 そこにイタリアの巨匠ベルトリッチ監督が 「KITANOおめでとう」 と近づいて握手し映画の話をしていたが、 北野巨匠はオレを呼びベルトリッチ監督に 「彼はニッポンから来て 今ベネチアで個展を開いている KUMAという彫刻家なんだ」 紹介してくれた。 オレはすかさずバッグから <La Ruce Circorante>の 案内カードを取り出し、彼に渡すと 「そりゃおめでとう」 とオレの手も握った。 ガーデンパーティの途中から雨が降り出し、 全員移動した大テントの下には いつまでも気持ちのイイ興奮が渦巻いて、 小降りになった真夜中、 北野巨匠は気持ちのイイ空気を放ちながら エクセルシオールに戻っていった。 『アリガトウ…』。 オレはヨーロッパに棲んで制作していきたいなぞとは 鼻クソほどにも思っていない。 またクソ寒い山奧に籠もっては創り、 来年はもっとパワーアップしたゲージツを ヨーロッパに持ち込む 血みどろの浮遊なのだろう。 『蔓草のコクピット』 (つるくさのこくぴっと) 篠原勝之著 文芸春秋刊 定価 本体1619円+税 ISBN4-16-320130-0 クマさんの書き下ろし小説集です。 表題作「蔓草のコクピット」ほか 「セントー的ヨクジョー絵画」 「トタンの又三郎」など8編収録。 カバー絵は、クマさん画の 状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。 |
2003-09-05-FRI
戻る |