クマちゃんからの便り

狼藉のクールダウン





 




すっかり秋になったヴェネチア滞在も残り少なくなって、
フランチェスコ教会を訪ねた。

<La Ruce Circorante>は、
二〇〇年ぶりの暑さに灼かれ
荒縄も錆が浮いてきたH鋼としっくり馴染んで、
ずーっと以前から此処にあるように
美しく落ち着きはらっていた。
圧倒的な石の伽藍は、外気温が高ければひんやりと、
寒くなるとほんのりとした温度で
包むよな構造になっているのだろうが、
オレは密封された空間より
やっぱり外気に直接さらされた方を好む。

制作当初に比べてスペクトルの出現時刻が速まって、
空に消えていくのも
二時間ちかくも早くなっているらしい。

「それでも地球は回っている」

のだろうが、今でもオレには
天が動いているようにしか思えない。
どっちだって構わないが
<La Ruce Circorente>のヒカリが
十一月の個展が終わる頃には
どんな具合になっているのだろう。

涼しくなった回廊で、
筋肉をゆっくりとストレッチをしながら、
ヒカリの行方を眺めていた。
まだ雪の中だった山梨FACTORYでこの春から夏、
激しく動き回りボルトアップ方式で創った
十三トンの<La Ruce Circorante>、
一トンの<まだ未熟なるピリオド>を、
はるか彼方のヴェネチアまで運搬し再構築。
ついに九月になってしまった
二〇〇三年のゲージツの熱い狼藉への美術関係者の賞賛。



北野監督の計らいでヴェネチア映画祭の本会場で観た
<座頭市>。
映画表現の凄さ、観客の熱狂。
サインしてくれたあの切符の半券は
オレのノートにすでに貼られている。
出来事が走り回る性懲りのない頭蓋内も
徐々にクールダウンし、
まだ決定してない浮遊先に念を飛ばしていた。

「取材してイイですか」

分かりやすい英語に振り向くと、

北欧人らしい記者が

「セルビア国営放送です」

と言う。

「どうぞ、構わないよ」

「Jリーグにセルビアの○○という選手が活躍してるよ」

言いながらさっそくオレにワイヤレスマイクを着け

「そのまま自己紹介してください」

と指示。ストレッチするオレをパーンしてから
<La Ruce Circorante>のヒカリを
丁寧に撮って帰っていった。
セルビアが何処にあるか分からないオレも
ゲージツの一部と思ったのかなぁ。

『それでもイイわい』。

静かになった回廊を牧師が呟きながら回っていた。



『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

クマさんへの激励や感想などを、
メールの表題に「クマさんへ」と書いて
postman@1101.comに送ろう。

2003-09-09-TUE

KUMA
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