クマちゃんからの便り

空虚に雨







冷たい雨が降り続ける黒っぽい銀の空を見上げていた。

オレは黒猫GARAの毛皮越しに、
老衰した胃袋や腎臓、
腸を探りさすりながら排便を手助けしていた。

暑かった夏に23歳になり、
ずいぶん痩せて2kgほどになってしまった生命の
体温のカタマリは、確実にまだ呼吸している。

彼に生き延びる意志など端っからないのだろうし、
今日も奇跡的に生きようとせずに生きているのだ。
オレの手助けをなんの感慨もない青い眼で、
不思議そうにオレを見上げている。

石切場で石をゲージツするため四国に向かう準備をする。
石切場では何種類もの石を削り磨き、
分厚い硝子を嵌め込んだりして
橋の欄干を創るプランだから、
何度か四国に通わねばならないだろう。

12月パリに持ち込むオブジェのアイディアも
やっと落ち着いた。硝子や石や、
鉄で創った重いオブジェを海をこえ、
遙かヨーロッパまで輸送するは、ゼニが掛かりすぎる。
かといって、オレが<チンケ>なモノを創って
満足するわけはない。
今回の素材の下見も予定もいれた。

どうしてこうもオレは、
落ちつきなく動き<移動>続けているのだろうか。

ひたすら硝子や石のカタマリにむかって、
ぶつぶつと得体の知れないモノと対話している時だけは、
充たされ生きた心地になり、
夢中三昧になってしまうのがオレの厄介なところだ。
その対象ブツから離れた途端に
空虚になってしまうのである。
今月中にパリ行きのオブジェを仕上げると、
そろそろ波崎のヒラメも解禁になる。



こころ密かに、房総方面の海に出掛けて
大ヒラメを釣りたいとも思っているのだ。
生き餌のイワシを喰わせ
狙い通りにフッキングさせて仕留めた
3kgオーバーのヒラメのメモリーが、
まだ掌にくっきりと残っている。

しかし今度4kg以上のヒラメを
もしも仕留めたとしても、
重いクーラーを下げて海から戻った途端に
また空虚になるのだろう。
そしたらまたゲージツに三昧する。
そしてまた海に漂い戻ってまた空虚。

いつまでも埋まらない。

それでも遠い<空虚>を埋め続けながら、
往けるところまで往くのが、
オレのゲージツというものだわい。

GARAは死んだように静かな眠りに墜ちているが、
腹は呼吸している。

『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

クマさんへの激励や感想などを、
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postman@1101.comに送ろう。

2003-10-19-SUN

KUMA
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