クマちゃんからの便り

お接待


高価な墓石の庵治石をまだ切り出している
石切場がある五険山の稜線は、来るたびに変化している。
もう何度も石のゲージツに通って来る
牟礼の<西山石材>は、
屋島を望む石の山・五険山のふもと牟礼町にあって、
すぐ上は四国巡礼八十八ヶ所の八十五番札所、
八栗寺<やくりじ>の足元だ。
遍路道を沿いの家では、札所の巡礼者に対して、
一杯のお茶を出したり、宿泊の部屋を提供したりする
<お接待>という習わしがムカシからあったという。

ゲージツ浮遊者のオレに、
朝メシと寝場所を<お接待>してくれているのは、
西山石材の倅ヨシの家庭だ。
まだ小さな赤ん坊が、ひっきりなしに自分の玩具を
<お接待>してくれるたび愛想笑いを返す面倒をのぞけば、
作業場も近いし充分な環境である。
シンプルな朝メシをいただき、
家の前の畑わきは細いムカシの遍路道で
数分登れば作業場である。





掘削機で穿った孔に、
矢という鉄の楔をハンマーで打ち込み石を割る。
石工の親方から教わり楔を差し、打ち込む。
甲高い打撃音がだんだん低くなり、ハンマーを握る掌に、
何百、何千年、何万年の地下で眠っていたジカンが
裂けていく粘りが伝わってくる。
サディステックな汗が浮く。

黒く鋭い亀裂がオレの引いた線に沿って奔り、
もうひと振りで分断する予感だ。ビッツ…ズンッ。
分厚い断面が育成以来はじめて陽のヒカリを浴びたのだ。
もう一面の切断線に楔位置を記し、
削岩機が暴れないよう切っ先を足で押さえ、
エンジンを始動する。
ビルを解体したり道路工事で
アスファルトを剥がしたりしていた
ジダイに使っていた重い掘削機と同じである。
身体が覚えている。

無駄なチカラはかけずに、
削岩機の重さをコントロールしていると、
石の奥深くにまで穿っていくのだ。
「ヨシ昼にするか」「うどんでいいですか」
「讃岐はうどんしかないだろうが」
打ちたて、揚げたての熱々うどん玉をドンブリにあけ、
鶏卵を割り黄味だけを掛けたうえに
生醤油を垂らして喰う<ぶっかけ>が好きだ。
こういう美味いうどんを喰うには、
チェーン店ではなく民家に挟まった
間口の小さなうどん屋に限る。
注文から喰い終わりまで十分足らずの速度が
肉体労働のテンションが途切れなくてイイのだ。

明日からゲージツ家は高知に浮遊する。

『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

クマさんへの激励や感想などを、
メールの表題に「クマさんへ」と書いて
postman@1101.comに送ろう。

2003-10-20-MON

KUMA
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