クマちゃんからの便り

ゲージツの産み


三〇〇人ちょっとの沖の島は、年々人口は減るばかりで、
小中併合の学校には生徒が十三人。
来春中学を卒業する三人の三年生で
中学生は居なくなる。

日曜日だというのに船宿の泊まり客は
オレたちだけだし、
朝五時の波止場でハエに渡る渡船を待っているのも、
オレたちだけでまだ島はまだ眠っている。
昨日は底モノを狙った釣り人が、
沖の島まわりでは一番の
<フタナラビのスクモバエ>にあがっての釣果は、
小さなイシダイいっ匹だけだったという。
そうすると餌のウニも充分に打ち込んでいるはずだ。

「ヨシッ!今日はそのスクモバエにしよう」
鳶社長とオレがあがり、
他のジジーズ二人は違うハエにあがったらしい。



朝まずめのイイ汐が小さなハエに押し寄せている。
ビッグチャンスの予感に、
オレははやる気持ちをなだめ慎重に仕掛けをロッドに通す。
足元に投入した鉤につけたウニが
静かに海底に向かっていく。

間もなく、ガッガッガッガッ竿先が激しく振れた。
全身の血が沸き立ち、次の食い込みを待つ。
しかし、そのまま竿先は静かになってしまった。
確かにいるぞ。
巻きあげるとボロボロになったウニが揚がってきた。
イシダイの好物ウニの硬い口はしっかり残っていた。
『もう少し待てば好かったかなぁ…』落ち着け。
再度投入。

今度はすぐにまた強い反応である。
二段目の食い込みだ。
まだ待つんだ。
いつでも振りあげる準備体制をとる。
竿先が海のなかに引き込まれた。
ついに来た。
一気に竿を振りあげる。

今まで感じたことのない
海の生き物が暴れている確かな手応えである。
しっかり締めたドラッグのリールを巻く。
竿先で引っ張り込むイシダイの
強烈なチカラをいなしながら、
ちょっとの隙をみてまたリールを巻くのを
くり返えしていたが、
あと十メートル足らずにきてビクともしなくなった。

『チキショウめ、岩の割れ目に張り付いてしまったか、
 このままだと、ラインが岩ですれて切れてしまうわい』。
軽くテンションを掛けながらラインを弛めた。
駄目かも知れないが、
岩から少しでも顔を出したら
一気に振りあげてやる体制で待つ。
我慢比べである。



イシダイが動く気配が掌に伝わった。
「今だ、それっ!」
意表をつかれたイシダイは、
激しく抵抗するもすで優勢はオレにあった。
巻き上げる。
ヤツが海面に姿を現した。
イシダイではなく大きなイシガキダイだったが、
鳶社長がタモを伸ばして取り込んでくれた。

四十四センチあった。
鉤にフッキングさせた瞬間から
取り込み魚の姿を見るまでのジカンが、
言いようのない至福なのである。
ハイライトが美味い。

イシガキダイの姿で気分がイイオレの頭蓋は、
一瞬のうちにゲージツ・モードに戻り、
<スクモバエ>からケイタイで岡山に電話。
一万五千個の釦と、
三十メートルのジョージェットを注文した。

いよいよパリ行きのオブジェの制作にはいる。


『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。

クマさんへの激励や感想などを、
メールの表題に「クマさんへ」と書いて
postman@1101.comに送ろう。

2003-10-24-FRI

KUMA
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