クマちゃんからの便り |
うつろい 岡山にある<鳶>印の作業服工場は、 一〇年前に新社屋を建てたとき、 オレが三階吹き抜けロビーに 巨大なハサミのオブジェを創った。 それ以来、瀬戸内や四国方面でゲージツした後、 海に出掛けるときの連れである。 高松で石を削り、高知の磯でイシガキダイを釣り上げ、 今度は岡山に向かった。 縫製工場で大きな布にまぎれ、 色とりどりの大量ボタンを使って 巨大なオブジェを造りはじめるためだ。 オハジキをするオンナの子みたいな仕草だったが、 オレのゴッツイ指は ボタン一個の重量計算しながら並べ替え、 五、六万個のなかから一万五千個を選び出した。 石の手触りの後は、 イシガキダイの激しい反応を記憶した オレの手のセンサーは、 今度はジョウゼットの柔らかい布の感触に 切り替えていたのだ。 社長自慢の茶室にオレは寝起きしている。 茶室は時空のコクピットである。 つい最近は<一三夜>の茶会をやったというこの茶室は、 布団を敷けばいっぱいでもちろん禁煙だ。 くり返す波や、木々の間を走ってきたジカンを リプレイする頭蓋を載せた上半身を、 小さなにじり口から雨が降ってきた夜へ突き出し、 敷石に置いた灰皿でハイライトを吸う。 途絶えることなく押し寄せる干満の潮に、 オレと闘ったイシガキダイの 尻ビレのチカラが何らかの影響を与えたはずだし、 木々の落葉をうながしたのは、 気温や気圧や土の組成の他に、 過ぎ去るオレたちの車の風ではなかったとは 断言できないはずだ。 藁葺きの屋根に吸い込まれていく煙を眺めながら、 見えない自然の刻々と変化していく <秩序>を追っていた。 一万五千個のボタンを取り付けた 柔らかい布のオブジェは、 室温で興る小さな風に巨大な輪郭をうつろわせるのだ。 何一つ普遍なモノなぞはない。 オレには風雅な茶事より、 時空をこえる惰眠の方が似合っている。 ロンドンから、来年の後半か翌々年の前半にかけての 問い合わせが好感触。 しかし、そんな先のことには関係なく、 ゲージツのうつろいは留まることはないだろう。 『蔓草のコクピット』 (つるくさのこくぴっと) 篠原勝之著 文芸春秋刊 定価 本体1619円+税 ISBN4-16-320130-0 クマさんの書き下ろし小説集です。 表題作「蔓草のコクピット」ほか 「セントー的ヨクジョー絵画」 「トタンの又三郎」など8編収録。 カバー絵は、クマさん画の 状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。 |
2003-10-26-SUN
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