クマちゃんからの便り |
胸騒ぎのPARIS 朝九時五十五分のフライト、 規定内の重さに納めたトランクだったが、 出発直前に詰めたプロモーション用の作品集が 意外と重く四kgオーヴァー。 二万四千円の超過料金も 輸送料金として考えれば安いもんだ。 十二時間かかって午後三時PARISは、 想像していたより暖かい。 それにしてもヨーロッパはやっぱり遠いなぁ。 <ANTEPRIMA>が用意してくれた JOLLY HOTELは、 高級ホテルが建ち並ぶパリのど真ん中にあって 自費のイタリア遠征では想像もつかないほどの豪華さだ。 しかしウットリする間もなく、モモヒキを引っぱがし クリスマスのイルミネーションが程よい華やかさの 街に飛び出すと、目の前の広場で、 膨大な戦利品を鋳造して建てたブロンズの塔の上で、 ナポレオンが寒そうに懐手で突っ立っている。 こんなモノ観あげている場合ではない、 オレは評論家のGERARD XURIGUERA氏に 会うためにレストランにむかうのだ。 今回フランスでの通訳兼ガイドは、 文芸文春の森青年が紹介してくれた エールフランスのカツエ嬢だ。 偶然だったが数年前、 サハラ砂漠でのゲージツ遠征に向かう機内は まだタバコを吸えた。 その時世話になったスッチーがカツエ嬢だった。 ピエール・レスタニ氏亡き後の強力な評論家だという ジェラード氏に、まだオレは会ったことはない。 どうしても彼に会っておいた方がよいと、 パリ在住のカツエ嬢のアドバイスで、 作品集は先に送っておいたのだ。 学生街にある<BRASSERIE BALZAR>は 意外と狭い店だ。 教授か、学者風のインテリ顔した男や女が、 ワインを飲み牡蛎を喰っている。 話題は<ポスト構造主義>や <ロラン・バルト>なんだろうか。古いか…。 「スペイン系のジェラードは辛辣で、 ときどき吼えたりするヒトだけど、 とてもいい評論家なの」 と彼女は涼しい顔で言う。 『吼える…か』 これはウッカリできないぞと思っていたら、 美女が連れを伴ってオレ達の席にきた。 「こちらアヤさん」 「彼は私の友達の、パリで三十年やっている 美術家の佐藤達です」 彼はジェラード氏とも懇意らしい。 三十年も異国で彫刻を続けている割には穏和な日本人だ。 サトウという苗字はきっと粘り強い 東北方面のヒトなのだろう。 黒い幅広の帽子をかぶった小柄の中年がドアに現れた。 彼はジェラードに違いない。 静かだが深い洞察を含んだ 眼に合ったから会釈して 「彼だな」 カツエに言った。 「やっぱり分かるのね」 「吼えるかなぁ」 「分からないわ」。 彼はオレと対角の席に座った。 店の中はすでに満席になっていて、 挨拶を交わしたものの、左の聴覚が駄目なオレには この空間では判別不能になっていた。 こんな時はオレの方が吼えたい気分だった。 ときどき彼もオレの方に眼をくれるが、 彼も片方の聴覚が駄目らしいのだ。 「俺はサッカーの結果が気になるから帰るけど、 彫刻のプロジェクトの話をしながら、 明日、静かなランチを喰おう」 彼は立ち上がりオレの耳元で言った。 胸騒ぎしながら 「明日一時に行くよ」。 握手した彼は吼えずに帰っていった。 「最初取っつきにくい彼だけど、 翌日にランチを誘うことは珍しいよ」 佐藤氏がちょっと意外な顔で言った。 オンナ等の美しいフレンチネールに乾杯。 明日は昼前から<釦の飛行>を立ち上げて、 ジェラード氏に会いに行くか。 |
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2003-12-19-FRI
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