クマちゃんからの便り

カマキリのお年玉


道端のアスファルトの裂け目に挟まった
バネやボルトナットなどを見つけては、
ポケットに仕舞い込む癖がオレにはあって、
しばらく経ってから洗濯のおりなどに、
ポケットやタモトの隅から出てくる
役に立たなくなった小さなそれらのオブジェを、
しげしげと眺めてはジカンを過ごしたものだ。

最近それがなくなった。

洟水をかんだチリ紙だとか
タクシーの領収書のたぐいばかりで、
みんな身から出たつまらないアリバイばかりである。
山梨FACTORYで見つけたカマキリの巣を
ポケットに仕舞い込んだことも忘れてしまい、
そのジャンパーを着ることもなかった。

暮れの風邪もすっかり遠ざかり、
<寒の入り>してもなお小春日和の日向で、
ゲージツの休憩にシガーを持つオレの手の上を
一〇ミリ足らずのカマキリが歩いていた。
小さいながら姿かたちは大人のカマキリと同じだった。

狙った魚が掛からなくて
少し気持ちがざわめいてきた時や、
ゲージツで火照った頭蓋をクールダウンするときに
シガーをやる。
嗅覚を失っているオレに
煙の匂いは感知出来ないが、
火の微かな温度を含んだ煙の甘い味は伝わってくる。
切った真新しい吸口から火を通過してきた煙が
口を充たす時が楽しいのである。

しかし大切にしていたシガーカッターを
何処かで無くしてしまっていた。
思い出せない。

COHIBAの吸口を囓り取りペッと吐き出し、
暖かく甘い煙をカマキリに吹きかけた。
傾げた三角顔の眼が合ったオレに、
「チコザイ…」にも鎌を振り上げて身構えるではないか。
オレの小さな眼だけを敵だと思っているのだろう。

『ハッハーン…』

この眼までは遠すぎるだろうし、
叩き潰すも、爪先で弾き飛ばすも、
勝敗はすでにオレの手中にあった。

しかし季節外れの小さい闘争本能が
なんとも微笑ましいし、まだ松のうちだ、
殺生はイカン。
眠気を誘う小春日和にあたりながら
シャッターに寄りかかってカマキリを眺めていた。

それにしてもあの気に入りだった
ローズウッドの小さなシガーカッターは、
何処へ行っちまったんだろう。
ミラノでの個展がうまくいって、
見に来た渡辺満里奈嬢が
お祝いにと買ってくれたモノだった。



もう紛失したことに気付いて半年以上になるけど、
存在すらも忘却の彼方に沈もうとしていた。
日の当たった右の袖口から肩にかけての輪郭が、
陽炎のようにぼんやりした薄緑色に霞んでいるのは、
眼の錯覚か。
いや、数え切れない小さなカマキリが
もつれ合い絡まって停まっていたのだ。
物凄い数だ。みんな
一様に鎌を振り上げていたが、
オレは余裕で両手をポケット深く突っ込んで
無視、黙殺した。

黙って殺すのも殺生なのかなぁと思うと、
クシャクシャの乾いたティッシュペーパーが
指先に当たった。洟紙だろうと引き出すと

「なんだこりゃ…」。

すっかり空っぽになったカマキリの巣だ。
そのまま捨てようとしたが
中に硬い円筒型のモノが入っている。

巣を裂きジャンパーの裾で絡まった
巣の繊維を拭き取ると、
あのシガーカッターがピカピカになって現れた。
カマキリからのお年玉だ。

ジャンパーをFACTORYの壁に掛けて
カマキリの巣にしてやった。
春にはまだ早すぎる。

2004-01-08-TUE

 

KUMA
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