クマちゃんからの便り
春一番

吹き荒れる春の強風に、コンビニのビニール袋が飛び、
引きちぎれたニュースペーパーやマガジンが
ハヤブサのように飛び交い、
チャリンコの婆さんまでが車道に飛ばされ、
寸止めのバスが危うく停まった時、
オレのスキンヘッドを目掛けて
三本のラインが入った青い鳥が飛んできた。
左手で叩き落としトラップしたバカ鳥を
ボレーの右足で蹴り飛ばし、オレは頭蓋を守ったのだ。
鳥はまた飛行していったものの
一瞬、風が止んで失速し
一〇メートルほど前方の
タバコ屋の看板に当たって落下した。

地面を噛むことに飽きたアディダスのスニーカーは、
マンションのベランダで風を掴まえ
果てしない因果を逃れ飛び出したのだろうが、
逃れたところで、
また新しくオレの足に蹴られる縁に
捕まってしまったのである。

下町の低い軒下が寄り添う
長屋の狭い路地に滑り込んだ春一番は、
咲いたばかりの梅を右に左に激しく振りまわしていた。

しかし風をしのいだ梅は花弁の一枚すら飛ばされず、
真新しい雄しべと雌しべを包んだ淡い紅が
いっそう誇らしく開いていた。

二十四年目をついに迎えてしまった
雑種の黒猫GARAは、もう何日も食欲がないらしく
固形物の匂いを嗅ぐだけで、水と牛乳を舐める程度である。

いよいよ終の時が迫ってきたのか…。
激しかった風が去ると、日差しは確実に
春の温度になっていた。
魚河岸を牧歌的にブラブラ浮遊しているオレの目に、
切り立てマグロ赤身が飛び込んできた。
赤身の魚なぞは口にしないのだが、
GARAにひと册買ってみることにした。

皿にヨタヨタとすっかり痩せ細った躯で走り寄った彼は、
赤身をくわえ頸を振りながら、
半分は喪失している牙や歯で
生まれてからここまで、喰ったこともない赤身を
美味そうに喰っていた。
気圧の加減が彼の血流に生きる刺激を与えたらしい。

長生きを目指すでもなく
ただ淡々と生き続けてきたGARAの個体音である。
生きるチカラがまだ僅かながら残っているらしい。
何切れかを喰うと、
最後になるかも知れない春の日溜まりに微睡んでいた。



GARAが美味そうに喰った
大海を駆けめぐってきたマグロの赤身を、
オレも一切れショーユをつけて口にした。
美味いなぁ。

少し春めいた石切場に来てオレはまた、
手から発するチカラに身を任せ
石のオブジェを制作している。
いよいよ仕上げの作業だ。

クマさんへの激励や感想などを、
メールの表題に「クマさんへ」と書いて
postman@1101.comに送ろう。

2004-02-18-WED

KUMA
戻る