クマちゃんからの便り |
自由の贈り物 染色体XとXYの結合は、 生まれ生まれ生まれ生まれてをくり返し、 死に死に死に死んでを重ねるこの世のつかの間である。 染色体の二十一番目を一本多く持って 石の町に現れたMANAは、今年八歳になる女の子だ。 巨大なヒカリのカタマリの 切断方法に戸惑っていたオレが、 石工の町にそれを持ち込んできたのは 一九九八年の秋だった。 石屋一家の団欒に呼ばれ一杯やっていると、 コモドドラゴンのような四足歩行で近づいた 赤ん坊のMANAの澄んだ大きな眼は、 ひどく寄り眼の曖昧な焦点で オレを岩か樹のように見上げていた。 スキンヘッドのてっぺんに狙いを定めると、 オレの躯を螺旋に巻きながら登りはじめたのである。 静かな岩か樹のようにじっとしながらも さり気なく自分の手を、彼女が掛ける後ろ脚の 都合の良い出っ張りにしていた。 胸突き八丁の肩まで辿り着いた時、 右の耳殻に荒れた彼女の息が生温い粘りに感じた。 彼女の登坂ルートが大量の涎で螺旋に記されていた。 「アラッ、はじめての人にこんなコトしたの初めて」 家族は驚きながらも、彼女の屈託のない変化を 喜んでいるようだった。 岩になりきっていたオレのスキンヘッドにまで 螺旋の滑りが上昇していき、 解読不能なコトバを発しながら、 短いながらふっくらとした彼女の小さな掌が 脳天をペチペチと打つ。 とうとうてっぺんに辿り着いたようだ。 彼女は一五〇〇分の一の確率で発生する <二十一トリソミー>という 医学名のついたヒトだと知ったのである。 オレが制作に訪れるたび、 彼女独特なゆっくりとした成長ジカンに町が馴染み、 同じ<トリソミー>の男の子と 二人だけの教室のある小学校に通い、 もうオレの躯をロッククライミングすることに 興味を失った今年は小学二年生になり、 鏡に映しだされる自分の顔のなかから、 生きる秘密の何かを探ることに夢中な少女になった。 昨日は解読不能だが、 カラフルなフェルトペンで描いたグルグルした螺旋形や、 線が跳ねまわる絵をオレにくれた。 分からないチカラが伝わってきた。 そんな出来事もなかったように赤いランドセルの彼女は、 毎日の喜び儀式のひとつになった 遍路道の通学路を下っていく午前八時、 オレは親柱の制作を開始、 讃岐うどんを喰い 夜八時までひたすらゲージツの荒ごとが続いてるのだ。 |
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2004-02-20-FRI
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