クマちゃんからの便り

夢も現も…


削岩した石で制作した親柱の仕上げは今がピークだ。
連日の快晴はオレを味方している。
息抜きに琴平まで足をのばし金比羅宮に行く。

禰宜の科野さん、文化顧問をしている田窪さんに
表書院へ案内された。
円山応挙の水呑みの虎。
襖絵の瀑布は縁側を跨いで外の枯山水につながっている。
一般公開されてない奧書院の襖の向こうに渡り、
春のヒカリを遮った障子の明かりだけで、
伊藤若沖や岸岱が描いた襖絵を眺めていた。

音すらもない空間で、眼がその暗さに馴染んでくると、
とりどりの花弁やシベが揺れだし、
無数の蝶々が羽ばたき燐粉をふりまいているようだ。



ヒカリが充満する屋外での作業では、
小さな不測の事態の連続をさざ波をおこした
ゲージツ回路で対処していくのだが、
こんな寂光に包まれ閑かに止める
真空ジカンもイイものである。
暫しヒカリ談義が盛り上がり、
帰りに所蔵する高橋由一の数十点の油絵まで見せて貰った。

五年前、琴平の<金丸座>で
金比羅歌舞伎の初日を見物したのは、
桜満開の花冷えの日だった。
重要文化財になっている芝居小屋の
桟敷で眼にした本格的な歌舞伎は、
開演して間もなく雪が降り出す場面だった。
舞台の地明かりだけでなく
場内全ての安全灯まで一斉に消えたのは、
最初、停電かなと思った。

開け放つ天窓障子からの薄明かりだけのなかで、
次第に強まる紙の吹雪が本物に見えてくる。
青竹のサディスティックな打擲が残酷さを増す雪責め、
男を守りそれに耐える女形の福助が演じる中将姫は、
白塗りの肌が痛々しいほどの
エロティックな美しさに輝いていた。
寸分の滞りをみせずたたみ掛ける芝居に、
アナログの薄明かり舞台に引き込まれて観ていた。
場が変わり我にかえったオレの膝に、
雪が吹き溜まっていた。
明かり取りから入ってきた散り始めた桜の花びらである。
不測の事態の停電で、
二日目からは停電のない照明で行われたと知った。

誇張した歌舞伎の化粧は、現代の明るさの元で見ると、
決して綺麗ではない。不気味でさえある。
アナログのヒカリの元で演じるために
工夫された舞台芸術なのだろう。
エレキ万能の均一仕掛けの
サービス過剰な大劇場の芝居なぞ観たことはないが、
オレは選ばれた一期一会の幸運に満足したものだ。

観劇のさいに気になった
桟敷から天井まで突き立ててある四本の柱は、
重文に指定された時の、保存のための補強らしかった。

六メートルはある直径二〇数センチの鉄パイプが、
補強工事も終わり取り除くことになったニュースを
地元のテレビで観ていた。
牟礼の石切で作業しているオレに
琴平町から連絡が入っていた。
三〇数年<金丸座>を支えていた鉄パイプを使って、
オブジェにしてもらえないかという。





金刀比羅宮を降りる途中の高台にある
<金丸座>に立ち寄った。
町長からの説明を受けている時、
讃岐富士を背景に広がる琴平の町の真ん中に、
真っ黒い煙が立ちのぼりだした。
「火事だぞ」町長は急いで現場に駆けつけて行ったが、
ビニールハウスのビニールが燃えただけで鎮火した。
激しい息抜きの一日だったわい。

クマさんへの激励や感想などを、
メールの表題に「クマさんへ」と書いて
postman@1101.comに送ろう。

2004-02-22-SUN

KUMA
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