クマちゃんからの便り

ヒカリに包まれて


ただひたすらに石を穿ちヒカリのカタマリを埋め込む。
ゲンノウで割った石を黙々と貼り、
朝八時から夜八時までただ淡々と続けている
ゲージツ作業は、
辛いワケでもなく特に嬉しいワケでもないが
確実に、完成に近づいている。



ひと月前、削岩していたあのクソ寒い風はすでになく、
空は完全な春になって、
ヒカリのカタマリはあっちこちに
小さなスペクトルを放ちだした。

石場は<八栗>の麓にあり
八十五番札所への遍路道沿いにある。
一服しているオレの前を、
菅笠をかぶり同行二人と背中に染め抜いた
白装束の小さな遍路の婆さんがよろよろと登っていく。
降りてきた軽トラが音もなく、
婆さんのところで躊躇なくふわりと停まった。
運転席から差し出された手から、
彼女は両手を揃えて有り難そうに受け取り頭をさげる。

つかの間の会話はオレのところまでは聞こえなかったが、
遍路の成就を願うコトバを添えた<お接待>なのだろう。
運転手も婆さんに合掌してから、
何ゴトもなかったように軽トラがまた降りていき、
杖に躯をあずけた同行二人の文字が
右に左に揺れながら八栗を目指し登っていった。

石粉が舞い込んだオレの眼にスペクトルが射し込む。
太陽のヒカリに包まれた日溜まりで、
縮こまった掌を広げ指の関節を伸ばす
平安なジカンである。
『爪も伸びてきたなぁ…』。



有り難い<お接待>で
浮遊者のゲージツ・ジカンを居候する家のテレビは、
幼児向けのDVDしか映らないし、
新聞を広げる気もおきない。

この時間にも、地球上のどこかでは
知恵を持った愚か者が戦に精をだしているのだろうし、
アートはビジネスだとほざく小心者は
相場に眼を血走らせている。

信仰なぞ持ち合わせないオレだが、
浮遊中もカバンに忍ばせた老眼鏡で、
朝の短い時間に意味はなかなか分からない
<華厳経>を読む。

仕上がりも完成に近づいたから八栗寺に、
助手のYOSHIと上がってみることにした。
紅梅白梅が盛りだった。
仏閣に興味があるわけではない。
大きな樹や澄み切った空間が気持ちイイ。
さっきの同行二人の婆さんを追い抜いた時、
途切れ途切れに地虫の声が聴こえた。
般若心経だ。婆さんが苦し紛れに唸っているのだった。

眼下に霞んで広がる
牟礼から高松に繋がる家並みを見おろしていた。
テロリストにならないために、
ヒカリを創り石を穿っているのかも知れない。

クマさんへの激励や感想などを、
メールの表題に「クマさんへ」と書いて
postman@1101.comに送ろう。

2004-02-25-WED

KUMA
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