クマちゃんからの便り

お天気奉り


春の甲斐駒山麓に開通する橋の近辺も、
あと十日もすれば梅が開き、
桜も杏もいっきに開花するというのに、
甲斐駒岳辺りから鉛色の雲が湧き出して
西の空が覆われはじめていた。
マツヤマ運送の一〇トントラックは
社長が特別に自ら運転して、
午前五時に四基の親柱を積んで牟礼を出発して
七時間でFACTORYに着いた。

「何とか間に合いました。それにしても寒いです。
 明日は晴れてほしいですね」

先週まで牟礼で制作していたオレを
サポートしてくれたYOSHIも、
躯をこわばらせて助手席から降りてきた。

分厚い黒い雲の上の方が千切れては、
物凄い速度でこっちに向かってくる。
日本海に発生した大型の低気圧が押し寄せている証拠だ。
荷台のオブジェの点検や作業準備をしていると、
甲斐駒おろしが急に冷たさを増した。

「イカンなぁ、こりゃ雪になるぞ」

と言い終わる前に山は姿を完全に消して、
見る間にまだらになっていく白い視界の
天と地の区別さえなくしていった。
激しく斜めに吹きつける雪に霞んだ荷台のYOSHIが

「ウオーッ!やっぱし四国とは違いますね」

と叫んで消えた。

「ダメだ、お天気奉りのエン会にしよう」。

囲炉裏に備長炭を盛大に焚いた。
こういう時のためにショーチューは常備してある。

「着くなり一服もせず、荷ほどきしてはイカンわい。
 張り切りすぎだよ。
 雪が来たらジッと通り過ぎるのを待つ!
 これが山岳地帯でのゲージツの基本だ。乾杯」。

窓の外は吹雪で真っ白になっていく。

「もう春だから長くは続かないだよ」

と言いきかせながら雪見酒になった。
強風に翻弄されたアカマツ林の梢が、
それぞれ別の方向を掻き回しているようだ。

吹雪の中を下田の乾物屋から
タイミングよくクール便が届いた。
釣りの連れカーペンからだった。
出来たての干物になった魚の皮膚は、
生きているヒカリをそのまま美味そうに乾燥していた。
オブジェの設置に海からの気遣いだろう。
段取りを打ち合わせなぞは三分もかからず、
次にはじめる<中央病院>の
一〇トンのオブジェの構想を喋っていたら、
炭火を取り囲んで立てた串に刺した干物のサンマの
金属的なヒカリが、じっくり当てた遠赤外で破け
そこから油を滲ませだした。

一〇トンの巨大なトラバーチンの裂け目から、
集中した耳に微かだが
金属的な澄んだ美しい水の音が湧いてくるのだ。
スイキンクツ…だ。
天気奉りの酒は心地良かった。









辺り一面真っ白な世界は、
設置作業さえなかったら絶好の朝である。
天気奉りしたはずの空はどんより雪雲におおわれていた。
牟礼に帰る時間もある。
エスプレッソ・マシーンでつくった
コーヒーを特盛りで飲む。

「この親柱は創っているときから
 設置まで寒さに取り憑かれていたなぁ」。

ときどき切れ目から薄日が射すようになった。
風だ。
雲を千切っていく風が吹く。
ついに辺りを眩しく陽が射した。

「そろそろ行こうかい」。

作業員がすでに掻いていた雪の現場は、
オレのFACTORYより
少し標高が高くなっているだけで、温度は二度は低い。
マツヤマの一〇トントラックにはクレーンがついていて、
甲斐駒から吹き飛ばされてくる雪が舞うなか
作業を開始した。
橋の縁石の水平がキチンと出てなかったから、
真っ平らにして制作したオブジェの座りが悪くて、
最初は手間取ったがYOSHIとマツヤマさんが
いつものように対処していき
計画通り次々に建てられていく。

四時過ぎて山の気温は急激に落ちて、
四基の柱は全部無事に建った。
ヒカリのカタマリを嵌め込んで
<SKYLINES>の設置は終了した。
甲斐駒は完全にまた雲の中に姿を消した。
もうすぐ芽吹く春になればヒトが渡る橋の完成である。

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2004-03-10-WED
KUMA
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