クマちゃんからの便り

UNSEEN DRIP


青空ばかりで雲ひとつない平安な朝だ。

久しぶりに切り抜いたように真っ白い甲斐嶽は、
南アルプス連峰のなかでもそこだけ輝いて
そびえたつ異形である。
霊気を含んだ清涼な空気を大袈裟なほど吸い込むと、
言いようのない充実を覚える。
こんな朝に新生を体感するのだ。
窓硝子の結露はもう凍らない。

数年前に自分で設計して作った
八立米あるサイバーキルンは、
中にセットした砂型の上に
口径五〇センチもある素焼きの植木鉢を載せ、
KUMABLUEのカレットを詰め込んで溶かし、
植木鉢の底にあいた直径五センチの水抜き孔から、
重力に従ってゆっくり硝子が流れ落ちて、
砂型のなかを充たしていく仕掛けである。

園芸店で購入した植木鉢は
この仕掛けで活躍していたが、
何度か使っているうちにひび割れして
硝子が漏れて使い物にならなくなり、
今さら本来の植木鉢にもならず、
外に伏せたまま置きっぱなしだった。



新生の朝、雪や雨の汚れが目障りになった植木鉢を、
振りあげた大ハンマーで横っ腹を一撃した。

粉々になって消し飛んで、
直径五〇センチの丸い真新しい土が現れた。

真ん中が雨垂れでポツポツとした穴が円形に集中し、
黄色い小さなタンポポがひとつ咲いていた。

とつぜん拡がった眩しい明かりに
ムカデが三匹右往左往しはじめた。
よく見ると土粒の隙間から
二、三ミリの小さな草の芽が
いたるところに吹いていて、
赤い小さなアリまでが行き交っているのだ。

伏せた円筒型の天空にあいた
直径五センチの水抜き孔から射し込む陽のヒカリで、
タンポポが炭酸同化作用を行い、
ときどき滴ってくる雨水で根を延ばしていた。
アリやムカデやタンポポは、
無風の天空にあいた唯一の太陽である水抜き孔から、
ときどき降ってくるヒカリばかりではなく
水が震わす音を聴いていたのだろう。

左の鼓膜を喪失してこの世に来たオレは、
ガキの頃から楽音には鈍感で、
頭蓋骨を通した小さなノイズには敏感だった。

四つん這いになって近づけたスキンヘッドで、
ハンマーの一撃まではそこにあった
素焼きの世界跡に集中し
かつては響いていただろう水音を夢想していた。
一〇トンのトラバーチンの裂け目から湧いてくる
<DRIP>である。

「そんな恰好して何をしているんですか」

中央病院の工事をしている大成建設の坂本君だ。

四つん這いで聞こえない水音に聴き入っていたオレは
渋々立ち上がる。
白い車からスタッフがゾロゾロと降りてきた。

「完成した親柱を見に行く途中で姿が見えたんで
 バックしてきました」

「丁度イイところに来た。
今、水のコトを考えていたんだ」

急遽、温かい日溜まりに車座になって
甲斐嶽の頂を見あげながら、
<UNSEEN DRIP>の水の流れについて打ち合わせ。

「たまには人里に降りて一杯やりますか。
 所長も東京から戻ってきますし…」

坂本君からの提案だ。

クマさんへの激励や感想などを、
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2004-03-16-TUE
KUMA
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