クマちゃんからの便り

未完なヒト


FACTORYの周りの山々から雪が消え、
今年のハナミズキは散りイチジクが葉っぱを拡げている。

その下ではトカゲやアリが忙しく地を這い、
モンシロチョウは当てもなく風来している。

自然は完全な時間割にしたがっているのだ。
自然は完全である。

この世の終わりを想わせる一面アカシオの海も、
白ウサギが跳ねまわるような
三角波が押し寄せる海も完全なのだが、
久しぶりに漂う千葉の潮も動かず澄んだ海も
また完全なのである。
海という自然はいつだって完全なのだ。

そして海に生きる魚群やクジラもイルカも
プランクトンさえ完全である。

しかし、こんな凪いだ海の魚に食い気はなく、
永遠に未熟のまま完成することのないヒトであるオレは、
それでも性懲りもなく海に漂い釣りビシ糸を垂らす。
いつ来るか分からない魚信を
ロッドの先を見つめて待っていた。
雲間からの日差しはすでに強くなって、
いつまでも水温も上がらず潮も動かなかった。

梅田丸の船長に作ってもらった本格的なビシ仕掛けを、
人差し指の先に掛けて静かな海に垂らしていた。

ビシ釣りはロッドやドラグのついたリールなぞを使わず、
小さなビシをずらりと着けたラージラインの先端に
カブラ鈎を結びエビを着けて魚を掛ける、
ムカシからプロの漁師のネイティブな漁法である。
しかしラインの重みで
餌のついたカブラ鈎が底を打つ具合が、
素人にはなかなか分からないものだ。

『今年になってイイ海に逢ってねぇなあ…』

浜田のドロリとしたトマトケチャップのような海…
身体のコントロールも効かない嵐の海…
溺れたエーゲ海…。
今まで翻弄された海を次々と想いだしていた頭蓋内は、
いにしえの都・奈良に漂いはじめていた。
巨大な<ヒカリ繭>を創る
山ごもりのゲージツ・ジカンは、
完全にならない未完を埋めるために過ごすのである。

小さく揺らし海を聴いていたビシラインの指先に、
何処から来たかキンバエが止まった。
ハエも完全な生き物だと思っているとコツコツ。
指先に微かな魚信があった。
次のコツッで思い切り合わせた。
ハエが飛び去った。

『ヨシッ仕留めた!』

初めてのビシの仕掛けで魚を掛けたのだ。
右手と左手で交互に
ビシラインを弛ませないように引き上げていく。
ラインの先にどんな魚が掛かっているのかは
分からないが、ときどきグルグルと重く抵抗する。
指先が敏感なロッドの先、
交差する腕がリールであり力加減がドラグになる。
久しぶりの手応えはビール瓶ほどの
大きなアイナメだった。
この漁法にすっかりはまってしまい、
そのあともホウボウや
二kgオーバーのイシカレイまで上げてしまった。

完全な海にアプローチする未完のヒトは、
道具を工夫した<ホモ・ファーベル>になり、
ゲージツ・ジカンに戻るオレは
<ホモ・ルーデンス>になるのである。

それにしても物凄いことになりそうないにしえの奈良で、
ホモ・ファーベルになり、ホモ・ルーデンスになって
オレが創り出す<ヒカリ繭>は、
今年前半の楽しみな大シゴトになるだろう。



クマさんへの激励や感想などを、
メールの表題に「クマさんへ」と書いて
postman@1101.comに送ろう。

2004-05-25-TUE
KUMA
戻る