クマちゃんからの便り

再び奇跡のスペクトル


連日三十五度の蒸し暑い瀬戸内海気候の石切場で、
<金丸座>のオブジェを創っているオレに、
絶壁からの照り返しの熱線は容赦なく、
体感温度はすでに三十九度に昇って
こりゃ、もう灼熱の地獄である。

一服して水を呑む間にも、
放り出したままの鉄の機具が
うっかり持てないほどに熱くなってる。
ソヨと風がくればこれが熱風である。
去年の今頃は二〇〇年ぶりの異常気候に被われた
ヨーロッパのヴェネチアで、
大きなオブジェを創っていたオレの今年は
ジャパンのやっぱりクソ熱さに見舞われている。



かつてサハラ砂漠でのゲージツで
四十八度を体感したものだが、
湿気を含んだ瀬戸内海気候は、
第一次ゲージツ家のオレを苦しめる。
それでも辞めることのないオレは、
やっぱり<ゲージツ家>という
ヒトとは違う性懲りのない生き物なのかもしれない。
汗をぬぐっていたタオルが
赤黒く細長いモノで被われていた。
これは垢じゃないか。垢だ。
作業が終われば倒れ込んでいたから、
しばらく風呂にも入っていなかったのだ。
『あじーっ』と叫んで馬のように呑んだ水もたちまち、
毛穴から吹き出してしまい、

「鰻でも喰いてぇなぁ…」

息も絶え絶えだった。

地元民ヨシが

「あっ、すぐ近所に叔母さんの家があります」

と言う。

「鰻屋か」

「いえ、養殖しているんです」

捌いて自家製のタレで焼いてくれるという。

「そりゃあイイ。ご飯を詰めたドンブリを持ち込んで、
 蒲焼きを乗っけて庭先で喰わしてもらおう」

「鰻屋ではないので、
 今日すぐというわけにはいきません。
 明日、昼時来てくれと云ってます」

それを励みに石と格闘を続けた。
割った鰻を、四〇メートル掘った井戸の
地下水で洗った焼きたての蒲焼きの大皿と、
炊きたてのメシがちやーんと膳のうえで
湯気をあげているではないか。
関東風に蒸したプリンのような蒲焼きなぞではなく、
焦げ目も美味そうなネイティブな鰻の蒲焼きである。
これはタマランわい。

パリッとした皮と身の間の脂身がイイバランスである。
自家製のタレをドブドブとバルサミコのようにかけて
ザクザクと喰った。

毎年四月に東京からくる歌舞伎役者の
本格的な芝居をやる<金丸座>の白壁に、
石のオブジェから、
奇跡のスペクトルが立ち現れるだろう。
明日からは巨大なプリズムを研磨するのだが、
朝八時から五時まで続けて干涸らびていたオレの身体は、
鰻で甦り生気が戻って
そろそろショーチューを欲しているようだ。

クマさんへの激励や感想などを、
メールの表題に「クマさんへ」と書いて
postman@1101.comに送ろう。

2004-07-08-THU
KUMA
戻る