クマちゃんからの便り

墓石とプリズム


長さ二メートルの硝子のカタマリから、
正三角柱を切り出していた。

六〇度の角度で二辺は無事に切り終わり、
六〇度であと一辺を切り落せば
夕方には巨きなプリズムが出来上がる予定で、
あとはヴェネチアのフランチェエスコ教会で出現させた
美しいスペクトルを思い浮かべながら、
三つの面を透明にひたすら磨き上げるつもりだった。
しかし、最後の面の除冷は
完璧ではなさそうなのが気がかりだった。

走行速度を落とした切断機の回転刃が、
最後の六〇度に向かってゆっくり切りすすんでいた。

墓を新しく作り替えたりするお盆前のこの時期は、
石屋のいちばんのかき入れ時で、
ヒカリを創るためにお邪魔している<西山石材>も
やっぱりフル操業で忙しそうだ。

オレがこれから形を刻んでいく
トラバーチン・フローレンスの蔭に、
昨日までなかった苔生した古い墓石が二基と
地蔵に古い縄が巻かれて台車に載っていた。
お払いをして空になった古い墓石はただの石になり、
他のモノが入り込まないように縄を巻いて結界を作り、
新しいものに取り替えるらしい。
墓石のことに詳しくないオレでも、
縄がもつ霊力は感じてはいたが、
ヒトは死んでもやっぱり家が欲しいものなのか。

炎天下の石屋にノンビリと横たわっている、
これからゲージツされる石と、
<死者の家>という意味から解放された石を、
思いのまま浮遊することも出来なくなっていた
沸騰気味の脳ミソで、
見えるものをただボンヤリと眺めていた。
熱中症というのは暑さに生きるチカラを
奪われてしまう結果なのか。危ないぞ。

はじめは石切場の発破の音だと思ったが、
確かに遠くで雷が鳴っていた。

風が動いた。
高松市内を覆っていた真っ黒い雲が走り出し
牟礼に近づいてくる。
強い稲妻が五剣山の頂に向かって空を切り裂いた。
最近聞かなかった爆音が轟き地面を伝ってきた。
久々に足の裏で聞いた音だった。

作業場の高いスレート屋根を打ちだす天水の音が、
脳天に降ってきたのは同時だった。
萎んだ風船のようだったオレの身体が
ズンズン膨らんできた。
沸騰寸前まで温まってしまった空冷式だった脳天を、
雨樋から墜ちて地面を打っている天水に晒して
水冷式に切り替えた。

トラバーチンも古い墓石も、
夾竹桃やアサガオもみんな雨に打たれ
水に溶けこんでいくようだった。
夕立は景色を生き生きさせてたちまち去っていった。

クラックが入り最後の六〇度が
ずらりと小さく欠け落ちた。
やっぱり硝子の徐冷が不完全だったのだ。
それでもオレは巨大なプリズムを創り出す。
今でも自動車が走ることのない
ヴェネチアの強烈なヒカリを虹に分光した
プリズムにまで仕上げたいものだ

が、ジャパンの鈍いヒカリがどんな反応をするやら
磨き終わってみないと分からない。
レンズ磨きの職人のようにまたひたすら研磨するのだ。

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2004-07-13-TUE
KUMA
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