クマちゃんからの便り |
繭のなかのアリス 怪しい速度で北上する台風一〇号は、 奈良に向かうオレを待ち伏せるように 西へ方向を変えるではないか。 このままでは東大寺わきの駐車場に イントレで出来たオレの仮設工場は、 ひとたまりもないワイ。 天気予報の進路図に念をかけてから、 新幹線にて西へ向かう。 前橋辺りでは、車窓は滝壺の裏に居るように 激しい雨になっていた。 絶望的な気分で京都に近づくと、 雨は小康状態になり、 台風はなんと四国方面に去っていたようだ。 オレの念は届いたようだった。 午後二時、戸田建設の鳶たちが、 奈良東大寺わきの公園に仮設工場を完了していて、 山伏の山から<コリャ福野>等が 切り出してくれた竹も届いていたし、 夜中、台風と一緒に走り続け 明け方には到着していた カーペンのワンボックス機材車もいた。 台風が外れただけでもアリガタく、 いつ降り出すか分からない空を いつまでも見上げている場合ではない。 さっそく元型を組立て、竹を巻きはじめた。 今度の<ヒカリ繭>チームは、 厳選し結集させた五人のハッカーの使い手どもだ。 ときどき激しく吹きつける激しい風と雨の中、 竹の垂直繊維が物凄い早さで、 螺旋に昇っていき組み上っていき、 <ヒカリ繭>の半分が順調に形になっていく。 夜八時過ぎ、仮設工場の投光器に、 竹の繭が美しく浮き上がった。 天変のなかでのエキサイティングな作業は 予想以上にはかどって、初日を終了した。 宿に戻るとスリーピー田中が待ちかまえていて ショーチューで三時まで酒盛り。 翌朝八時には<ヒカリ繭>を再び紡ぎ出す。 昼過ぎほとんど出来上がった繭の骨組みのなかで、 オレは台風の残した雲が走る空を見上げて、 胎内に回帰したような平安なジカンに ボンヤリしていたが、 己の創った竹の檻にはいっている ハンプティダンプティを、 不思議そうに見つめている アリスのような少女に気づいた。 眼が合うと 「これ何?」 小さな声だった。 「ヒカリの繭だよ」 「繭って?」 少女はちょっと大人っぽい表情に見えた。 「ヒカリになる卵さ」 怪しまれないように丁寧なオレの説明なぞより、 大きな卵じたいに興味があるようだ。 小学一年だという彼女は七年まえはまだ卵だったのだ。 是非、繭のなかからの空を見せてやりたくなって、 オレは怪しいおじさんになっていた。 「お嬢、このなかに入ってみるかい。 ここからの空はいつもと違って見えるんだよ」 彼女はにかみながらもうなずいた。 繭のなかで硬直したアリスは 不思議な気配を漂わせていた。 「もうイイかい」彼女を抱き上げて表に出してやると、 仮設工場のわきで一部始終をみていた 母親のもとに駆け寄った。 母子は奈良公園のなだらかな丘の方に帰っていく。 また繭に入るオレの方を振り向いたアリスが、 ニコッとはじめて笑顔をみせた。 母から離れた彼女が選んだ つかの間の夏休みになったはずだし、 作業のつかの間の夏休みだった。 |
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2004-08-04-WED
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