クマちゃんからの便り |
今度いつ来んの? 連日クソ暑かった奈良での<ヒカリ繭>制作も終わり、 東京にタッチアンドゴー。 四国牟礼の石切場に来て、しばらく休止していた 20トンの石のオブジェ制作を再開した。 13kgのビシャンを抱え トラバーチンを削っていた。 朝から空が怪しかった。 コンプレッサーの連続する破裂音が頭蓋内に溢れ、 背筋も腕の筋肉も聞きわけが無くなる頃、 「10時のお茶にしませんか」 石工のヨシが声を掛けてきた。 言われるまでもなくビシャンを置いた。 職人等にはこの<10時の休憩>は大切である。 今までのオレだったら、 「ゲージツ家には休みはいらねぇ」 なぞと威勢良く作業を続けたのだが、 今日はさすがにダメだった。 削ったばかりのトラバーチンのうえに仰向けになり、 火照った身体を冷やしながら一服。 屋島の上を物凄い早さで走って石切場に向かってくる 黒い雲に、ハイライトの煙を吹きかけて遊んでいた。 過ぎ去った奈良での場面を思い浮かべていた。 曲げた頸の上に 少し引きつれたような笑顔を載せた幼児たちは、 巧みに車椅子を操りながらオレを取り囲んだ。 一瞬の戸惑いを見透かしたように、 直角に捻れた小さな掌頸で、オレの手を掴んだ。 懸命になにかを言っている。 彼等の不自由な口から漏れてくる 関西弁らしい小さな声を、聴き取れなかったのは オレの左鼓膜が喪失していたからだ。 「今度いつ来んの」 なんとか聴き取れたけど先のコトなぞ分からない。 きっと寒くなる頃また来るとだけ答えて 手を握りかえした。 彼等は、今までこの質問を何度繰り返してきたのだろうか。 頭蓋骨をヘッドギアで保護した車椅子の 車輪ほどしかない少女が、 椅子の隙間を縫うように走ってきた。 コトバはなくオレの指先にぶら下がり 舐めだすじゃないか。 汗ばんだような柔らかい感触は ムカシに覚えがあった。 親鳥の留守にこっそり登って 手を伸ばして烏の巣に突っ込んだ。 指先に当たった孵ったばかりのヒナの温もりに感じた <生命の一員>に似ていた。 彼女の『今度いつ来んの』に想えた。 東大寺が運営する<整肢園>を 訪れたときのひとときだった。 大仏の御身拭いで頭頂まで登ったとき、 オレに降りてきたイメージはヒカリだったのだ。 彼等への贈り物は太陽のヒカリのスペクトルである。 スキンヘッドに天水の数粒が落ちてきた。 トラバーチンのうえで うたた寝をしてしまったようだった。 また削り出す。 午後から赤いトラバーチンで彼等へのオブジェを創るか。 夕方、物凄い稲妻が走って土砂降りになった。 高い屋根に雨音を訊きながら、 赤いトラバーチンを削った。 |
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2004-08-19-THU
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