クマちゃんからの便り

朝八時の緊張

切削機のメインスイッチを入れる。
ブレード(切削刃)が回り出し加速をつけていく。
切断面の摩擦熱を冷やすための水が吹き出す。
体重をかけてハンドルを前に押し込むと、
ブレードの刃先がトラバーチン横断しはじめ、
深さ一〇ミリに削り込んでいく。

ここ一週間、牟礼の石屋で過ごしている
朝八時の緊張である。

トロッコのハンドルを右に回して載せたトラバーチンを
左にスライドさせる。
レバーをクリックしてブレードを一〇ミリ下げて、
また押し出すのである。
水に混じったトラバーチンの白い飛沫が
勢いよく前に飛び、切れていく。



またクリック、一〇ミリ‥‥
そしてクリックまた一〇ミリ‥‥。
これを繰り返しているオレの眼の前には、
幾千年幾万年の生成ジカンを切り裂いていく
文明の分速一四〇〇回転がある。
オレは高所恐怖症ばかりでなく、
高速回転を前にすると緊張し恐怖すら覚える質があって、
だからというわけでもないが、
自動車の運転もしたことがない。

それでもトラバーチンを削り続けなくてはならない
オレの掌は、ハンドルと繋がり
腕、肩、腰と全身を使って<部分>を造り続けている。
<全体>はすでに出来上がっているオレの頭蓋には、
恐怖を快楽に換えるチカラもあるらしい。

踏ん張る両脚を包んだゴム長は、
すでに温もった汗でヌルヌルしていたが、
呼吸方法をコントロールしながら
意識を上に集めていると、
生温い不快さも薄れていき
オレの全身は、自動的に動き大型切削機の
一部分となっていく。
辛くもなく、特に嬉しくもなく、
もちろん哀しいワケでもなく、
高速回転のヴァイブレーションもなく、
切削音もなく、頭蓋内は閑かなほどのジカンになり、
次なる創作のイメージ世界に入ったまま、

「今日はここまでにしましょう」

ヨシの声が掛かるまでひたすら
二〇トンのトラバーチンを切り続けていた。

工場の中では石工のヨシに技術を教わる。
この一週間で三分の二は切り終わった。
もちろんこれから十二月末の設置まで、
細かい研磨や仕上げが残っているから
これからも何度か牟礼の石切場に来なくてはならない。
<へんろ道>脇の石に腰掛けて、
屋島の夕暮れを眺めながらハイライトが美味い。

「マナの誕生日なんで、一緒に晩メシどうですか」

「幾つになるんだ」

「八歳です」

ヨシの姪っ子のマナはダウン症でこの世に来た。
彼女に初めて会ったのは、三歳の誕生日だった。

「町まで行くぞ」

シゴトが終わる五時以降のヨシは書生に戻る。
軽トラックを運転させて、高松の本屋で絵本を買った。

奈良で<ヒカリ繭>を創っているとき、
オレが気まぐれにスキンヘッドに着けていた
鹿のカチューシャを、彼女は気に入ったらく
<鹿娘>になって組立絵本で遊んでいた。
オレは、赤飯を呼ばれた。
久しぶりに食い過ぎたわい。

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2004-08-25-WED
KUMA
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