クマちゃんからの便り

やれやれの旅


ブッシュの殺戮、
インチキな<人道>派兵のコイズミ、
腰抜けのマスコミ報道にうんざりして、
テレビを観る気もおきず新聞すら開かない。
ショーチューも口にせず、
切削刃の刃先を見つめながらただひたすら切る
荒行のような一〇日間だった。

<盧舎那仏>の御身拭い以来、
オレのテンションがどうかしちまったのか‥‥。
自分でも呆れる勢いだった。

予定したトラバーチンや硝子の削りだしも
最後の一個を終わらせたが、
仕上げ作業は来月以降完成の十二月末まで続く。

石工のワザにも慣れてきて
身体が楽になってきた今頃がアブナイ予感。
怪我をするか、倒れるか、
それでもなかったらシゴトが雑になるかだ。



元興寺の<地蔵会>では、
灯す灯明がロウソクではなく
裸火だと教えてくれたのは、
五年前世界遺産になったばかりの
辻村泰善住職だった。

「牟礼から奈良まで車でどれくらいかかるか」

雨上がりの夕方、

「四時間弱ってとこですか、
 あっ、これはそろそろいけます」

炭火でアワビを焼いていたヨシが、オレの皿に載せた。

<地蔵盆>は確か二十四日のはずだった。

「オレを奈良まで車で運んでくれないか」

ゲージツに振りまわし
彼岸のかき入れ時をひかえたヨシを、
そろそろ本業の墓石屋に戻してやらねばなぁ。
しかし、シゴトが終わっても書生には変わりない。

「丁度、熊野、大阪方面のお得意さんを回りますので、
 お安い御用です」

ヨシもホッとしたようだった。

「死者の家を造って売るお前も、
 たまには檀家なぞを持たない東大寺や元興寺などの
 奈良を訪ねて、ゼニのことを忘れて
 閑かな時間を過ごすのもイイぞ」
 
「はい」

オレは元興寺の講堂の板の上で、
大の字になってうたた寝でもしてみたくなっていた。

「明朝六時に出ます」

「酒のあてを持って行きたいが、
 何かここの名物はないのか」

「瀬戸内のカマボコでは」

朝六時に出発。
爺さん婆さんがひっそりと作っている
カマボコ屋に寄る。
早すぎてまだ出来てないから、
形が崩れて売り物にならない竹輪を貰い喰いながら待つ。
ほかほかの美味そうな揚げたてに
つい手が伸びそうになるが、
酒好きの辻村住職への土産である。

大鳴門橋に差しかかったあたりで大雨になり、
明石海峡大橋は小降りになっていた。
怪しい空はどうやらまたもや颱風模様である。
<地蔵会>が始まる頃には、雨があがればイイのだが。

のんびり大の字で昼寝なぞとんでもない話だった。
土砂降りの夕方五時、
頭蓋に辻本住職等黄衣をまとった
九人の律宗僧侶の読響が心地よく響き、
オレは眠りに墜ちていく。それでも
『二時間だけでも雨が上がればイイのだが…』
念じていた。
揺れているオレの身体を
隣でヨシが支えていたようだった。
仏儀が終わる頃、雨は止み薄暗くなった境内に
点々と灯った灯明の火がゆらぎはじめた。
世界遺産の宿坊と本堂の屋根は
一三〇〇年前の飛鳥時代にはじまり、
各時代に修復されてきた瓦が載っていて、
瓦師たちのワザ展示場そのものである。
ゆったりした瓦屋根の勾配が
シルエットになっていく。

住職に呼ばれ宿坊だった大広間に行くと、
仏儀を終え墨衣に着替えた
律宗の坊さんらが集まっていた。
世界遺産の中である。
オレも坊さんに挟まって閑かな食事になった。

「そろそろアレにしまっか」

住職が本堂の方に走った。

「お供えをいただきましょう」

両手には見覚えのあるショーチューである。
牟礼に立ち寄ったカーペンの陣中見舞いを
お供えに持ち込んだものだった。
一升瓶を一同に回す。
オレも辻村住職も酒なぞなくても平気だが、
ひとたび口に入ると
たちまちハイになってしまう質らしい。
坊さんたちも芋ジョーチューを美味そうに呑みはじめ、
みんな愉快な気分になっていく。
さすがに寺の構造は気分を
解放する仕掛けになっているのだ。

地蔵会は終わり、
参拝の人々は三々五々と家路について
境内が閑かになったら、物凄い雨が降り出した。







「イイ雨です。火を心配する必要がなくなりました」

住職が庭を眺めながら眼を細めた。
天水を受けて裸火が次々に消えていく。

濡れながら境内を走って小子房に移りまた呑みだす。
雨が庭の石を激しく打つ音が充満し、
畳に飛沫がふき込む。
水底に沈んでいくような酔いである。
辛気の欠片もなくただのヒトになる坊さんらと
ゲージツ家だった。
急な梯子段を登ると質素な屋根裏部屋になっている。
今度、奈良に来たら此処に籠もって、
元興寺の<鬼>の畳一〇枚の大きな版画を彫ることにした。

ひとり、ふたりと西大寺方面に坊さんたちが帰って行く。
ハイテンションに酔っ払った住職は、
ついにカミさんに怒られて家に戻れない。
みんなで小子房と繋がっている茶室に運んだ。
この茶室は指物師の鬼才、
川崎幽玄が最後に手がけたシゴトで、
居心地のイイ空間である。

「ヨシ、オレたちも帰ろう」

激しいゲージツ行だったが、
オレのなかでまた何かが始まっていく予感だ。
往ける処まで行っちまうんだ。

クマさんへの激励や感想などを、
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postman@1101.comに送ろう。

2004-08-27-FRI
KUMA
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