クマちゃんからの便り |
通りかかった店頭の風変わりな呼称に誘われて買った 五年前の鉢植に、ただ衰えることのない光合成の葉に 花が咲くことなぞとは思いもせず水をやり続けていた。 トレシングペーパーをかけたような東京の空のもとに、 南洋の雄叫びのような嘴がひらいたのだ。 鮮烈な花の色素。 葉、茎を辿ると、すでに鉢をはみ出し ゴツゴツとうねった根っこが、僅かな土を鷲掴んでいる。 <極楽鳥花>の狂い咲きが運んできた波立ちに、 おそらく起源の南洋からはるかな交通やジカンを ハイライト一本分の煙にした。 高松行きの飛行機に乗っていた。 象頭山の中ほどに金毘羅歌舞伎の古い芝居小屋 <金丸座>があり、すぐそばの少し拓けた場所が 琴平の町を一望に見おろせる小さな公園になっている。 後ろのうっそうとした森の雑木のうえに、 牟礼の石切り場で制作中の大きな石のオブジェを 眼で描きながら、金丸座との位置関係を確かめていた。 完成した十トンの石舞台のうえに、 水連の小さな池を掘り終わっていたが、 今ひとつ何かが足りないと思っていた。 相変わらずここでも低く垂れ下がった厚い雲で、 太陽の位置が曖昧だったから、 狂い咲いた<極楽鳥花>を雑木の森に浮遊させて ボンヤリと遊んでいた。 琴平にシゴトで立ち寄るついでに 身体の調子がよければオレのオブジェ設置場所に 立寄ってくれると聞いてはいたが、 今にも雨になりそうな空模様に諦めかけていた。 あっさり停まった車の後部座席から、 ステッキに掴まった小さな<スクナビコナノミコト>が 現れて、穏やかに笑った。 確か今年八十六歳ぐらいになられるはずだが、 患ったカリエスで上半身が腰で地面と平行に 直角に折れているからいっそう小さく見える。 いや、彼は張付くかすかな植物の生命を見逃さないように 顔が地面に近くなったのだろう。 『やっぱり来てくれたんだぁ…ありがたいことだ』 オレは大巨人の中川幸雄さんの掌を包んだ。 幾万幾億枚の赤い花弁を詰めこんだガラス花器から 和紙に染み出す花汁の「花坊主」や 肉塊をおもわせる「闢らく」、 白菜の艶かしい肌さえをも 「ブルース」として生けた偉大な掌だ。 花から物凄い命を掴みとる彼の掌は、 柔らかくて温かくそしてとんでもなく大きかった。 つかの間の生け花や「書」を 写真集でしか見たことがなかった。 オレの数少ない大切な一冊で、 今でも開く度に新しい驚きが訪れる。 ベンチで座っているだけで充分だったが、 雑木の森を眺めながら、11月になればここに運んでくる オレのオブジェのコトを語る。 彼もゆっくりと澄んだ眼を森に泳がせながら、 まだここに無いオブジェを見ていた。 「ココならイイ場所だねぇ」 と頷き 「出来上がったらまた見に来るよ」 とも言ってくれた。 雑木林の山が放つエネルギーについてしゃべっていたら、 雨が降ってきた。豊かないいジカンだった。 途中で 『一トンの<垂直>を創り加え石舞台の上に立てる』 と決心したが、口には出さなかった。 石切り場に戻って、雨のなかでさっそく石を切り 垂直を造りはじめた。 豊穣なジカンは螺旋に続き、 夜中に止め処もないハナミズになった。 無数の極楽鳥花がけたたましく叫ぶ夢が夜<闢らく>。 |
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2004-10-28-THU
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