クマちゃんからの便り

アクシデントな日々


大武川に架かった橋の親柱<SKYLINES>は
三月のまだ吹雪のなかだった。

奈良の燈花会の<ヒカリ繭>、
東大寺整肢園の<風しるべ><虹しるべ>も
台風のなかだった。

今年になって五つめのゲージツ行は
十五トンの石のオブジェ<宙にかぶく>は、
金毘羅芝居の金丸座前での基礎工事は
やっぱり雨のなかで小さなアクシデントの連続だった。

アングラ芝居のポスター、
舞台美術や絵本を描いてはいたが、
三十六歳ぐらいまでオレの主な収入源は土方だったのだ。

琴平のコッパヤクニンさえにも
土木作業の指導をしながら、
人海戦術で切り抜ける。
水平を出した地面を掘りベースの石を埋めていき、
その上に十五トンを組み上げ載せるのだから、
オブジェの垂直を出すための大切な作業である。
強制的なワークショップだ。

オレのテーマはすでに石切り場で刻んである。
最終日は天も味方して晴れ渡り、
あとはクレーンと職人等のアドリブを生かした手際だ。
象頭山の谷あいの夕暮れは早い。
オレの頭蓋に描いたとおりに組みあがっていく。

















空に輪郭を切り込んだ石の舞台に植えた睡蓮が、
金毘羅歌舞伎が始まる来年の三月に
赤い花を咲かせるはずである。

今年は、石切り場に運びこんだ
圧倒的な硝子のカタマリや、
ふんだんな石と遊んでいたら
十一月になっていたという具合だ。

暗くなる前、<技研製作所>の北村社長が
オレのメールを見て、
高知から金丸座まで車で飛んできた。

彼が総代をしている赤岡の
<須留田神社>大祭にきて遊んでいかないかというのだ。

「百年振りに獅子馬が復活するんだ」。

五年前に来たときオレと同じ歳かっこうのみんなと
御輿を担いで地元を一回りしたものだ。

「ゲージツで使いはたして、
 もう酒を呑むチカラしか残ってないから、
 御輿を担ぐのは御免だよ」

念をおしたオレは車の低
周波音に心地よく眠りに誘そわれていた。

御輿のかき手は戸田君を先頭に
みんな見覚えのある技研製作所の若い者たちだ。
みんな事務系の顔をしている。
きっと社長命令で来ているのだ。
ここの若い者は家に閉じこもっているのだろうが、
復活する獅子馬の連は全員若い氏子たちだ。
化粧を済ませた彼等は、
真っ赤な衣装で身をつつみウロウロする年寄りのなかを
誇らしげに歩き回っている。

神移しがすんだ御輿の前で獅子舞が始まった。
若い天狗が眠っている大きな獅子を剣の先で
からかって力験しを挑んでいる。
眼を覚ました獅子と天狗との闘いがはじまり、
ついに天狗の剣を獅子が口で奪い取るクライマックスで
どうも下顎の具合がぎこちなかった。
剣を天高く放り上げ天狗が腰を抜かし終わる。
みんなが駆け寄り大騒ぎだ。
下顎がアクションで真っ二つに骨折してしまった。

機転のきく鉄工所の若い衆が化粧のまま
「任せろ」と軽トラに獅子を乗せて運び去った。
すると御輿は鳥居をくぐって村に向けて出発した。

「さあ呑もうかい」

北村さんとオレとが静かな境内に残った。

「餅投げの餅が残っている」

「御輿台もここにあるぞ」

爺ぃの総代が叫びながら右往左往している。
獅子が故障したことで段取りが
無茶苦茶になってしまった。
軽トラが運ぶ手はずだったのだ。

御輿を地面に置くわけにはいかない。
御輿が停まる旅処まで届けなくちゃ・・・。
そこにあったリヤカーに餅のダンボールと
御輿台を乗せてオレが走った。
酒どころではなくなったぞ。
しかし長い路にもう御輿の姿は見えなかった。
オレはこのようなコトになってしまう運命なのか、
ひたすら走った。

大きな曲がり角をまがると、
ちょうど御輿が旅処に着いたところだった。

『間に合った』。

神主が御輿に祝詞をあげていると軽トラが戻ってきた。
ボルトナットで下顎の負傷をしっかりとなおして
復活した獅子が乗っていた。
次の旅処に向かって御輿と獅子連が旅立った。

「そろそろみんなが集まる時間になった」

田んぼの畦道を二人で歩いて高台にある北村邸に戻った。
広い庭に畳の座敷が出来て鯖すしやカツオが並んでいる。
エナヤン、ハマチャン、マッチャンはじめ
みんな懐かしい面々も揃っていた。
「ドロメ」が届いて高知のエン会になった。
久しぶりに太平洋の明るい酒に酔い
大庭園でのエン会も佳境のころ、太鼓の音がした。
御輿が帰ってきたのだ。赤い獅子もいる。
声をかけるが事務系の御輿に笑顔はなかった。
現場系も参加しなくてはなぁ。
そのうち氏子の若い者たちも外に出てくるはずだろう。



大邸宅の庭に顎が治った獅子が入ってきて舞う。
エン会が華やかになった。

「今度は子供の獅子も出て
 もっとドラマチックなストーリーにするとイイ。
 伝統は途切れたり再生しながら根付くもんだよ」

祭りに酔っ払った頭蓋は、
新しいエネルギーに満ちていた。
二十五トンのトラバーチンと硝子で創っている
今年最後のオブジェの仕上げを考えていた。
山梨中央病院のロビーだ。

病院の大成建設の現場では二〇〇人の職人が、
オレのオブジェの設置を待ち構えている。
すぐにまた石切り場に戻って
仕上げに入らなけりゃな・・・。

クマさんへの激励や感想などを、
メールの表題に「クマさんへ」と書いて
postman@1101.comに送ろう。

2004-11-08-MON
KUMA
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