ブルー仏陀
コクピットのような版画部屋にこもって、
決して安くはない顔料を乳鉢でていねいに磨り潰す。
イメージした自分の美しい油性の色を作るのである。
キャンバスやボードに
絵を描いていた頃にはなかったことだ。
多色のイメージをコンパネに彫りつけ
巨大な版を、何版も作っていきプレス機で転写する。
初めて出会す表現方法に試行錯誤の日々である。
鉄のときも、硝子をはじめたときもそうだった。
表現技術の取得には
厄介な問題を克服しなけりゃならないし、
モノを創り上げるにはジカンもゼニも掛かるものだが、
注文してから待ちに待った
大型のプレス機がもうすぐ届く。
今年は相当な量の版画を刷り上げるつもりだ。
そのプレス機の重量を支える鉄のフレーム台だって、
うっかりすれば一〇万円はするのだが、
<SWEET ENERGY>設置の際に知り合った、
製作所の森崎社長が作って送ってくれた。
そして二立米ほどコンクリートを入れて
大型プレス機を置く床を整備したのは土方仕込みのオレだ。
しかし、加速がつく今年の後半以降のオレの創作は、
プレス機や紙の大きさを越えてしまうことだろう。
その時のために、和紙の里に出向き
オレ用の大型の手漉き紙を作ってもらうのだ。
そんなオレのこのところの気に入りは、
乾燥しても芥子粒ほどの花弁の
鮮やかなコバルト色を保った
<ブルー仏陀>という茶葉である。
香りはオレには分からない。
味もとりたてて言うほどではないが、
制作の合間を鎮めるにはこの穏やかがイイ。
湯のなかで次第に開いていき、
鮮やかだった青い色はいつの間にか消えている。
茶となって溶け込んだ青い仏陀は、
オレの身体に染みこんでいったのだろう。
心地よいネーミングである。
そういえば、去年の暮れ、
富士山を眺めながらの釣り三昧を過ごした伊豆で、
獲物のマダイを入れたクーラーボックスに放り込んで
持ち帰った球根を、何処へやっちまったんだろう。
どんな花を咲かすのか。
「自分で植えれば、
春には正体が分かるずら。
持っていけ」
少し惚けている老婆から貰った芋ほどの大きさの球根は、
長靴の脇に転がっていた。
真っ赤なビロードのようなダリアだったらいいんだが、
地面が温まったら山土に植えかえてやろう。
NY、チェルシー地区にあるギャラリーから
去年の秋に打診はあったのだが、
正式のインビテーションが届いた。
キュレーターは<OPEN2003>の時の
Morganである。
<SCULPTURE>三月号にオレが特集されると、
アメリカの出版社から
Eメールで知らせてきたばかりだし、
ヴェネチアに続いて<DOTシリーズ>を
数トンの鉄と硝子で創り、NYにも持ち込んでやるかい。
興味をもって招聘してくれるところには、
勝つ必要のない身のオレという
<ゲージツ>を届けてやろうじゃないか。
絶賛なぞはいらない、
ただ無視され続けるなら激しい拒絶の方が余程、
性に合っているわい。
<9・11>以降のアメリカは、
オレのような巨大で怪しいオブジェの入国には、
極端に神経質になっているらしく、
ヨーロッパ以上に税関でのジカンが掛かるという。
あまり時間の余裕はないが、また走りだすか。 |