クマちゃんからの便り |
ダッタンとジンガロ 二月堂の内々陣に繰りひろげられるお水取りの秘儀 <ダッタン>を、今年も参観したかったのだが オレ自身が寒い<FACTORY籠もり>で、 どうにもジカンを開けるコトができなかった。 球形の構築が終わりすぐに、 <森の奥底から>の仕上げをしていた朝、 東大寺の森本公穣住職から小包が届いた。 NY個展の成功とカラダの慈愛を祈るという 手紙と一緒に、千二百五十四回目のお水取り期間中、 内々陣にお供えされていたあの「ご壇供」の餅である。 ありがたい友情にカラダが熱くなり、 荘厳な読経‥‥激しい五体投地‥‥ 内々陣を駆けめぐる僧等を巨大に映し出す幕‥‥ 火と水の秘儀‥‥ 息をつかせぬ仏教オペラ<ダッタン>を想い出す。 合掌‥‥。 明日朝、さっそく雑煮にしてNY行きの景気づけにしよう。 そんなことを考えていたら、 十一月末に大枚をはたいて購入したものの すっかり忘れていた<ZINGARO>の予約日を 思い出す。なんとぉ! こりゃイカン! 木場公園の樹々に囲まれ閑かに佇む 巨大なセピア色のテント小屋は、 隣接する現代美術の赤字ヤカタよりすでに エキサイティングな風格を放っていた。 薄暗い館内に入るなり チベット僧の分厚く柔らかい声質の読経が オレのカラダを包む。 すり鉢状になった客席の底が、 直径三十メートルほどある円形舞台になっていて、 香が焚かれている輪郭塀の内側を役者等が 五体投地を繰り返し回る。 その内側は蚊帳のような半透明のドームが伏せてある。 切符の番号に導かれて降りていくと、 すぐ前に舞台が迫っていた。 オレの鼻腔は香に反応はしないが、 読経の音波が頭蓋内にたっぷり染み込んで、 ゲージツもNYのことも無くなり、 少しずつ明るくなるドーム内には 十数頭の馬が安らいでいた。 馬に乗った髑髏の衣裳の死者たちが円形の外側を、 ゆっくりと段々速くアクロバティックに走る。 ドームの中が<生>の世界で、 薄暗い外側のサークルが<死>の世界なのだろう。 半透明のドームが現れたり滅えたり、 読経と強く弱く染み込んでくる チベット楽器の音が心地イイ。 <チベットの死者の書>を想い浮かべて楽しんでいた。 十数頭の馬とヒトが一体となって 物凄い速度で舞台を走りだす。 呆気にとられていると、 生き物の体温を含んだ風がオレのスキンヘッドを ビュービューと包んだ。 この風を感じただけでも十分贅沢なジカンだっ たが、座長のバルタバスが手綱を使わずとも、 馬が前後左右斜めとステップを踏む。 頭蓋にイイ刺激だった。 三つ目通りを歩くオレの頭蓋内にいつまでも、 チベット人ダンサーの風のような 透明な無常感の歌声が木霊していた。 ゲージツなぞでウッカリと美しい大切なモノを 観逃すところだったが、 明日からまたNY行きオブジェの最後のひとつを 仕上げるかい。 |
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2005-03-25-FRI
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