クマちゃんからの便り

茣蓙の上の神々


NY個展のオブジェ群の梱包も完了した。

年末・年明けもなく、クソ寒いやら、
ゼニがねぇのやらも、
目まぐるしい時間割でワケ分からなくしての
ゲージツ・ジカンもやっと一段落した。

西側の窓の外をときどき雪片のように
サクラの花びらが横切り、
FACTORYのある山岳地帯にも
やっと遅い桜の満開を迎えたのだ。
黄色い花も目立つようになり、
淡い萌葱色を点した枝先が
いよいよ景色にまで精気を放っている。

久しぶりに気が抜けたような至福な気分が
二、三日続いたのだが、
目の前から急にオブジェ群が消えると、
なんだか落ち着かなくなるものだ。
仕方なしにFACTORYの掃除をしたり、
溜まった衣類の洗濯をしたり、
古いシャツを刻んでウェスにおろしたりの
地味なジカンに没頭したあと、
春の霞にぼやけている甲斐嶽を眺めて、
ダッチオーブンが炊きあがるのを待っていた。

と、放り込むだけで脱水までやってくれる洗濯機が
<ピッ・ピッ・ピッ>作業終了の報告をして、
オレを急かすじゃないか。

ダッチオーブンの火を消して蒸す。

今月末には船積みされたコンテナーが東京港を出て、
NY港に着くのは六月初旬になり、
MIKE WEISSギャラリーへの
コンテナー到着に合わせて駆けつけ開梱して、
五トンのオブジェ群をオレが再構築する手はずである。
軍手の果てまで梱包済みだし、
準備万端、抜かりはないはずだ。

日なたに持ち出したダッチオーブンのキャベツや
鶏モモを盛った皿に、
桃色のチベット岩塩と粒胡椒のミルを回しかけたら、
サラサラしたひとかたまりの風が
サクラの花ビラをまぶしたから、構わず喰う。
上等な盛りつけである。

ジタバタせずに六月を待つしかないのだが、
あと何日か経てばこんな暮らしにも飽きてきて、
制作ノートのページに従って、
ヒカリを捉まえる大きな版画を
始めているだろうなぁと思うと、

「おーい、ゲージツ家ぁ、何喰ってるだぁ」

須田さんの軽トラが止まった。

「これから神楽が始まるけんど、来おし。
 食い物はたんとあるずら」

大島紬の一張羅できめている彼は、
<武川米>の産地であるこの地帯の五穀豊穣を祈り、
御神楽を奉納するベテラン舞子でもある。
村の酒屋に寄って酒二本を買い、
集落の高台にある幸燈神社の神楽殿に登った。

拝殿に酒をあげ、女人禁制の障子を開ければ
舞子支度部屋になっていて、
当番のカミさん連中が作った山菜の天ぷらやいなり寿司、
海苔巻きが載った膳があり、
壁には面や綺羅や小道具が処狭しとさがっている。
お払いを受けた土臭いどの貌にも、
これから面を着け綺羅を着れば
神様に変身する舞子の男衆が十数人が、
隙間に詰まって湯飲みに注いだ御神酒を呑みかわしている。





「ここに来うし」

すでに酒の勢いがついてる世話役が、
湯飲みを振ってオレを誘う。

「今度はアメリカに行くちゅでねぇか」

オレの助手をしている須田さん情報らしいが、
アメリカなぞ甲斐嶽の向こう側だと思っているような
山岳のヒトたちだ。

ここにFACTORYを移してから、
タイミングの合う春の神楽を楽しみにしてきたのだが、
壁の方に正座したままじっと動かない
白い襦袢の見慣れない男が少し気になっていた。
精気のない土気色の貌は四〇半ばは過ぎていて、
白いものも目立つ鬢に掛かった眼鏡のレンズは、
手油で曇ったままだし、
膝に置いた拳が小刻みに震えている。

世話役にコシアブラの天ぷらを食卓塩で勧められたが、
チベット岩塩の方がもっと旨いだろうなぁと思いながら、
オレはいい気持ちに酔っていった。

「そろそろ<斎場清めの舞>いくけぇ」

誰かが言う。

「ゼンゾーさん、大丈夫だよ」

みんなに急かされよろよろ立ち上がった
壁を睨んでいた男の貌は、いよいよ青ざめていた。

今年初めて舞子になり、
緊張のあまり眠ってなかったらしいのだ。
綺羅を着せられ、微笑みの面を着けられ
烏帽子を載せられると、優しい神様に変身した。

「さぁ、落ち着いて」

世話役に背中をポンと叩かれた勢いで支度部屋を出た。
笛太鼓が鳴り出した。
恐る恐る歩く姿が、却って厳かではある。
彼はまだ未婚なのだと世話役がそっとささやいた。
オレが、湯飲み酒に手を伸ばしたつかの間、
神様が消えてしまった。

どうやら神様が手すりに蹴つまずいて墜ちたらしい。
舞子たちが慌てて神様を舞台に押し上げている。
神様は少し片足を引きずりながらも
頑張って舞いつづけていた。
微笑みの面の下で痛みを堪え、
おろおろしながら歯をくいしばっている
彼の貌を想像していたら、
オレまでもが可笑しいやら哀しいやらで、
もう完全に酔っ払っていた。

支度部屋で眠り込んでしまったオレは、
舞子たちに担がれて境内の茣蓙桟敷に寝かされていた。
お囃子と子供らが駆け回る声の
夢か現の狭間の日差しの中で、
オレも<金山毘古>の悪戯キツネになって
神様と遊んでいた。
須田さんが舞う<鯛釣り>や
<大蛇退治><種蒔きの舞い>も観ていた。
ワラだらけになって目を覚ますと、
FACTORYで倒れていた。

脇に<鯛釣りの舞い>で須田さんが使っていた
金銀の紙を水引で巻いた釣り竿が立てかけてあった。

須田さんの田圃も、
<ゼンゾーさん>の田植えももうすぐ始まり、
水で覆われた山岳地帯の稲穂が一尺少しも伸びる頃に、
オレはNYでオープニングを迎えているのだろう。

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2005-04-20-WED
KUMA
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