クマちゃんからの便り

ミクロの空気レンズと蒲鉾


春めいた山に誘われた山菜狩りや、
自然愛好者のキャンピングカーが
県道を往き来しはじめた。
うっかりFACTORYの大シャッターを開け放って
シゴトをしていると、
ワゴン車が敷地内に突っ込んで来た。
『しもうた!』と思ったが後の祭りだ。

こんな時は無視して工作を続けるに限る。
しかし敵はお構いなくぞろぞろ降りてきて
「こんなトコでやってるんだぁ」
なぞと挨拶代わりにケイタイをかざす。
珍しいオオムラサキ蝶を見つけたように、
一斉に舌打ちのようなシャッター音で
撮りだすではないか。
呆気にとられていたが、
ケイタイ族は嵐のように去っていった。
いっそ嵐や花粉なら歓迎なのだが、
ヒトだから質が悪い。

中断されないように
県道に面した大シャッターを降ろすと、
鉄の粉塵が積もったボロラジオが、
ノイズにまみれた隠蔽とジンドウの微弱な電波を
スクラップにしていた。

四×五判のフィルムが入る木製の<写真箱>が、
ついに出来上がった。
次はもっとも大切な作業だ。
入浴剤の原液で真っ黒に腐食させた銅板に、
マイクロドリルの刃先で〇.三ミリの孔を開ける。
この精度のいいミクロの孔が、
<写真箱>のなかに倒立するヒカリを導く
空気のレンズになるのである。



針孔が創る世界を凸版に変換し、
プレス機で転写する方法で
頭蓋内を満タン状態にしながら、
東京駅の構内を歩いていた。
西に向かう新幹線に乗るためだ。
陰画と陽画が交互にフラッシュしていたオレの前から、
一瞬、世界が消滅した。柱に激突したのだ。

先日も、村に下る自転車に乗っているコトが希薄になり、
途中のカーブを回りきれずに、
水を張った田圃に転落したし、
このところ<写真箱>とイリュージョンの転写を
頭蓋に巡らせながら過ごすことが多いから、
日常の真空地帯に堕ちこむことが多い。
歳はとりたくないものだわい。

痛いやら、格好悪りぃやらで、
新幹線に飛び乗った。
去年のヒカリ繭で奈良の<燈花会>に
参加したおりに知り合った<明新社>を訪ね製版を見学。
これから本格的にはじめる自分の版画の
新しい企みの参考になったが、
課題は深まり頭蓋内はますます大騒ぎである。
ドブに落ちないように気をつけよう。

今年はオレの日程の都合で
<燈花会>には参加出来ないが、
夜、久しぶりに奈良の面々とエン会だ。
去年、<ヒカリ繭>を象った蒲鉾を作って祝ってくれた
蒲鉾屋<魚万>の若旦那も、
仕事を切り上げて駆けつけてきた。

呑むほどにオレはイカの蒲鉾は出来ないものかと
バカな考えが浮かんだ。

「秋には大きくなるスルメイカの赤ちゃんは、
 ムギイカといって柔らかくて美味いんだが、
 麦が獲れる今が旬なんだ」

水をむけたオレは、
実直な蒲鉾屋の目が光ったのを見逃さなかった。

「赤ちゃんですか。面白いねぇ。
 ところで全部イカだけ作るの」
 
「もちろんムギイカだけの混じりっけ無しさ」

オレは意気込んだ。

「でも、それやったら、ただのイカですやん」

イカは熱を加えると固くなって
ゴムチューブみたいになるという。
彼は、すでに何かアイデアがありそうだった。

「そうだな、任せるよ。
 明日釣りに行ってすぐに送るから」

「あんまりいっぱいはいりません」

「わかった。釣れないかもしれんじゃないか。ヨロシク」

翌朝の新幹線で途中下車、
カーペン君と落ち合って伊豆の戸田港、
夜六時<福将丸>でイカ釣りに出た。
竿を使わない直結仕掛けを船頭に教わって、
漁師のようにリズミカルにひたすら手繰る。
三時間半ほどで九十二匹。
暗黒の海に灯りを点けて漂ったジカンは
他のことを考える余裕もなく、
海に落ちるコトもなく大漁だった。
一〇〇匹で一束というのだが、
あと八匹は次の楽しみにして、
マストに綱を張って開いたイカを夜風に干す。



魚万に蒲鉾用をクール宅急便で少し送った。
どんな蒲鉾が出来上がるやら‥‥。

山梨工場に戻って、
写真箱のシャッターに改良していると、
カメラマンの小川さんが
中古屋で格安の四×五カメラを見付けて運んできた。
ボディだけでもちろんレンズはない。
さっそくアルミ板を削り前板を作り、
ヒカリを完全に塞ぐ針孔のシャッターを工夫した。
空気のレンズでスローな時間で捉えたイリュージョンを、
転写した<版>にペインティングするのである。

クマさんへの激励や感想などを、
メールの表題に「クマさんへ」と書いて
postman@1101.comに送ろう。

2005-05-17-TUE
KUMA
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