クマちゃんからの便り

希望の裏返し


ひとあし先にNYに到着している五トンのオブジェ群は、
山梨FACTORYから送り出した時より、
さらに鉄の酸化が進行しているのだろう。

<錆>が持つ風合いだとか、
重厚さなぞといった鉄の都合に
ゲージツ的な意味なぞを含んではいないのだが、
NY遠征が近づくにつれて増す言いようのない気分は、
MILANOやVENEZIAに向かう直前とは
少し違う、身体全体の皮膚が<錆>みたいなモノに
覆われていくような息苦しさだった。

NYエキシビションの話が舞い込んできたのは、
去年の秋も深くなってからだった。
イタリアでのエキシビションを観た
アメリカの美術評論家Morganが、
キューレーターとして
NYのMIKE WEISSギャラリーでの個展を
招いてくれたのである。
すでにあるオレの作品カタログから
「これとこれがイイ」と注文があった。
『そうはいかねぇゾ』と思うオレは、
「あれは重すぎるから」
「それはもう手元にない」とかの方便は、
初めてのNYでは何とか新作を持ち込もうと思っていた。

すでに刈り入れも済んで景色が
ショー油色に変わりはじめた村の工場で、
まだ<山梨県立病院>のオブジェのために
十五トンのトラバーチンを仕上げていた。
合間に新作のイメージデッサンを描いて送ると
「テーマは
 <The Sign of Paradise>
 と考えていたから、こっちの方が断然イイ」
という返信。

暮れには目処をつけて、年が明けるなり正月から
<Connected Unity>の制作を始めた。
盆暮れもないのはムカシからだが、
ゼニやジカンの算段もないまま走り出し
厄介な方向を選んでしまうのがオレの特性らしい。
クソ寒いFACTORYでたまげる勢いで
五トンの鉄と硝子と段ボールで
<Connected Unity>と
<A Sprit Second>を創りあげてしまった。

規模が分かるようにアカマツ林に引っぱり出して
撮影して送ったのだが、
最初に「重すぎるから」と断った重量を
あっさり越えている重さは、写真には写っていないが、
ギャラリーのなかに一二〇パーツの鉄片を運び込んで、
七〇〇個のボルトナットで、
直径三メートルの球形を再構築するのである。
しかも一日でこの『一即一切 一切即一』を
仕上げてみせると豪語したから、
ギャラリーの方がたまげた。
「休みの月曜日もお前に解放するから、
 制作ジカンにあててくれ」と言ってきた。

『ボルトナットの螺旋のネジ山まで酸化していては、
 ボルトアップ作業には手間取ってしまうだろうなぁ』
『荒縄はもう少し入れておくべきだったか』
『チェーンブロックの支柱は大丈夫か』
すでにFACTORYで組み立てのシミュレーションした
オブジェには絶対の自信があるのだが、
今更、気に病んでも仕方のない再構築の
悪い想像ばかりが堂々巡りしていた。

レギュラー番組の収録後、北野武監督はじめ
満里奈、今田、番組スタッフの面々が
NY行きの壮行エン会をひらいてくれた。
久しぶりの心強い会話にショーチューをたらふく呑んだ。
酔った。

身体を覆っていたような<錆>も
剥がれ落ちていったような気がした。
錆に覆われていくような言いようのない息苦しさは、
あまり持ったことのない<希望>の裏返しに貼り付いた
<不安>というものだったのかも知れない。

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2005-06-08-WED
KUMA
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