クマちゃんからの便り

NY展覧会準備


なんてこった。ニューヨークが
東南アジア風に蒸し暑いぞ。
センサーになっているスキンヘッドの
体温調節機能までがアジャパーになっちまい、
ウッカリすれば気力まで失いそうになるが、
まだ何も始まってはいない。
ガブ呑みするウオーターで水分の補給している。

何処へ往ってもオレの制作作業中の
コミュニケーションは、北海道弁に甲州訛りが混じった
妙なニッポン語で通しているのだが、
キューレターやコレクター、
ギャラリー・オーナー、美術評論家に対しても
突発的な屁のようなコトバしか発しない
オレの思考癖までも、把握しておきたいと言う
プロの通訳イレイン女史と
チェルシー・ゾーンの街角で落ち合う。

コトバをただ直訳する程度の英語使いなぞ
オレには不必要だし、マ、色んなヒト等が来る
オープニング対策というところだ。
この人生では、ゲージツ自体がオレのコトバなのだ。
<異文化コミュニケーション>なぞのために
異国語を覚えているジカンはない。

MIKE WEISSギャラリーは、
特別に月曜日九時から
オレに開放してくれることになった。
週初めのせいかタクシーがなかなかつかまらない。
<七十二丁目駅>からラッシュの地下鉄に乗って向かう。

八時半、ギャラリーの前で
<THE CONNECTED UNITY>や
<A SPRIT SECOND>などを積んだ
トラックを待っていた。
カメラマンの室井がヨメと大きなカメラのバッグを
抱えてやって来た。サハラ砂漠以来七年ぶりの再会で、
オレのNYゲージツのドキュメントを
個人的に頼んだあったのだ。

ギャラはオレが背負ってきた芋ジョーチュー。

「ゼニは相変わらずなんだ、スマネェなぁ」

「好きなコトをやってるんですから、羨ましいです」

過酷だったサハラのままの笑顔で、
オレのオブジェを積んだトラックの登場を
捉える準備をしていた。

画廊のサポートスタッフは四人。
生真面目で、ちょっと神経質そうな顔をした
チーフの青年の右腕には、
梅みたいな木に黄色い鳥が留まった入れ墨を彫ってある。
<梅にウグイス>かなぁと思ったが、下手クソな絵で
インコなのかカナリアなのかは分からない。
チェーンソーを振り回す映画の主人公の名前に
似ていたようだったが、はっきり覚えてないから
<イェローバード>にした。

背中になぜか<NUTS 1CARTON>と
自分で描いたらしいテーシャツの白人、
ちょっとシャイなアジア顔、
オレが教える数字の<一、十、百>に興味を示し、
特に<ヒャク>という音が気に入り繰り返す、
体格のイイ陽気な黒人の三人がスタッフだ。
みんな二十代前半だろう。オレが勝手につけた呼び名に
NUTS、ASIAN、HYAKUは「ハイ」と答える。
異国で久しぶりに聴く明朗な返事だ。
彼らは美術学校からインターンとして派遣され、
オレのゲージツをサポートしたことも履歴になり、
単位の参考になるのだという。

予定の九時を過ぎてもトラックは来ない。

「さっきの電話ではあと十五分と言ってます」

一方通行の彼方と腕時計を苛立ったように見ながら
イェローバードが申し訳なさそうしている。
生真面目なヤツだ。

「三ッ日あんだから、慌てることはないぞ。
 昼までに着きゃあイイさ」

とまたいつもの<不測の事態>に、
すでに蒸し暑くなっている炎天に
オレは余裕をかましたものだ。
今までも<不測の事態>の連続だったオレに、
追い込まれた窮地にジタバタしたところて好転した例し
は一度だってなかったわい。
タバコを止めてもう半年になるのだが、
シガーの<COHIBA>に火を点けた。
美味い煙がパワーブロックの青空に雲をつくった。

室井はやっと取れた国連の偉いののアポイントに
九時半には此処を離れることになっていた。

「構わないからもう国連に行ってくれ」

九時半を回っていた。
自分のカメラを素人のヨメに渡して
自分が居ない間の撮影で、
炎天から室内への
ホワイトバランスの取り方を教えている。
『夫婦カメラ!』泣かせるゼ。

トラックが着いたのは十時を過ぎていた。
運送屋はユダヤ系の四人組で、
胸板の分厚い禿上がった小男がボスらしく、
後頭部に五百円玉大の禿を光らせた誇り高そうだ。
山梨から送り出した
五個の総重量五トンの梱包箱を次々に、
人力だけで手際よくなんと一時間ほどで
ギャラリー内に運び終えてしまった。

イェローバードの指揮でサポートスタッフが
梱包の蓋ネジを外していく。

「イイゾ、イイ調子だ」

クマブルーのオブジェ<BLUE PRECINCT>は
四五〇kgあるうえ吊りベルトを拒絶する形状である。
取り出すために自作のクレーンを組み立てた。
片方だけが十五センチ浮き上がったがズルッ、
滑べりベルトが切れてしまった。

「危ない!」

ベルトを掛け直しゆっくり降ろして態勢を整える。
乾いた嫌な音が二度した。
包んでいた発泡スチロールが潰れただけだと思って、
オレはチェーンブロックを巻き続ける。
今度はうまく上がり後は人力で取り出す。

「目が潰れている!」

ボスが叫んだ。
イェローバードの眼鏡が箱の底で、
完全な平面になっているではないか。

「すまないねぇ、ゲージツの生け贄になっちまったよ」

彼は気丈に「構わないから」と言うから作業は続いた。

十一時過ぎ
<THE CONNECTED UNITY>の
蓋が外された。
ここからがオレのメインイヴェントである。
百十六枚の鉄のピースを三〇ミリ径ボルトナット
七〇〇個で組み立てるのだ。

「まずオレのやることを観察しなさい」

イェローバードを頭に
NUTS、ASIAN、HYAKUは神妙に、
オレのボルトアップの手元を見つめている。

「いいか、早く終わろうする悪いココロで
 無理矢理はイケナイ。
 指の先にボルトの螺旋を覚えさせて、
 もう片方の指先に記憶したナットの螺旋に
 ゆっくりゆっくり滑らすようにねじ込んでいくだ。
 一個ずつ、念じるようにするとすんなりと入るだよ」

若い彼らは、館内に響くオレのニホン語に
「ハイ」とタイミングよく相づちを打つ。
声と伝えたいという手振りの勢いだけの
コミュニケーションだ。
汗がスキンヘッドをアミダ籤状になって、
拭っても拭っても滴り落ちる。

「闇雲にボルトを嵌めるんじゃない。
 対角に止めてしかも完全に締めてはダメだ。
 一個の一ミリが次のピースでは
 大きな誤差になってネジが入らなくなるからだ」

始まって20枚まで進んだ時、
汗を一升ほど流していた。
疲れを悟られないように、
使っていたハンドルの片方が尖ったシノになっている
ラジェットの説明をする。
シノは針金を締めるときや、テコにも使えるし、
ピースをこじるにも便利な
ジャパニーズ・グッズなんだが、
ヒトを刺すことも出来るしクルミを割れるコトを
デモンストレーションして見せた。
道具は便利なモノだけど、
相反するコトにも威力を発揮してしまう。
これはオレのゲージツを支える有能な助手だし、
ニッポンが敗戦から立ち直ったのは
この道具だとも言えるんだと少し大げさに言う。
彼らはうなずき「自分等も欲しい」と言い出した。
イタリアでもそうだったがこのシノ付きラジェットは、
みんなが欲しがる道具だ。

「今回はこれ一本しかないからダメだけどね。
 これを使いこなすには、
 ココにも筋力がなきゃイカンのだ」

オレは自分のスキンヘッドを二度こづいた。
「ハイ」声を揃える若い美術インターンだった。

一番器用そうなHYAKUを傍に呼び

「お前が今、目で学習したコトをやってみなさい」

オレはラジェットを手渡した。

HYAKUはオレが見抜いたとおりの仕事ぶりで、
NUTSとASIANも彼の指示に従う。
要領をのみこむと若者らしく冗談に笑い合うのだが、
ボルトアップする彼等の丁寧な手先は
休むことはなく進んで、見る間に球形になっていった。
オレはすでに二升ちかい汗を噴き出して
足元がふらつき出していた。

休憩なしの作業で午後二時になっていた。

「昼メシ過ぎちまったな」

「指示に従います」

「一時間の休憩にする。
 そのまま家に逃げ帰えるんじゃないゾ」

「ハイ!」

此処まで書いて疲れた。後は次回に報告。


クマさんへの激励や感想などを、
メールの表題に「クマさんへ」と書いて
postman@1101.comに送ろう。

2005-06-22-WED
KUMA
戻る