【幾何学】
きかがく

[例文]
厚木インターチェンジで高速を降りると、長時間ハンドルを握っていた父親は幾分ホッとしたように言った。「ヒデノリ、もうちょいやぞ。もうちょいで新しい家やぞ」後部座席で寝たふりをしていたヒデノリが薄目を開けると、そこには見たこともない風景が広がっていた。四角いビル。たくさんのクルマ。派手な看板。「今度の家はヒデノリの部屋もあるぞ」見慣れぬ風景が背後へ流れていく。西日がまぶしかったこともあって、ヒデノリはギュッと固く目を閉じた。まぶたのうらに、朱色で、丸だの三角だの四角だのといった模様がさまざまに浮かんだ。「おかあさん」とヒデノリは言った。なに?と助手席で母親は答えた。「この、丸とか四角とか、なに?」母親はサングラスをずらし、フロントガラスの向こうの新しい街を眺めた。「なに?おかあさん、わからないわ」「この、赤い、丸とか四角だよ」「そう?なにかしら」助手席の母親には、それがヒデノリのまぶたの裏にうかぶきかがく模様のことだとは思わなかった。後部座席のヒデノリは再び寝たふりをしながら、まぶたの裏のその模様を追いかけようとするが、それらは視界の端へ端へと逃げていくのだった。固く閉じたまぶたの裏で彼はオレンジ色の残像を懸命につかまえようとしていた。30分ほど走って最後の交差点を曲がり、「さあ、ヒデノリ、着くぞ」と父親が背後の息子に告げたとき、少年はほんとうに眠りに落ちていた。

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