第15回
「マジシャンはダマされやすい?」
ダマされやすいんです、実は。
ダマされやすい人だけが、
マジック愛好家になると言っても過言ではありません。
プロ・マジシャンはなおさらその傾向が強い人ばかりです。
でも、上手にダマされる快感って、ありますよね。
「ダマす」というと人聞きが悪いのですが、
推理小説の伏線に操られるような、
ゲームのかけひきにドキドキするような気分は
誰にも経験があるはずです。
総武線のA駅に行くと、駅前の広場で
様々なものを売っています。
僕はついつい見入ってしまい、必ず買ってしまいます。
お風呂の洗剤を売っていました。
「お風呂の洗剤って、色々あるよねぇ。
お母さんとこは何? バス○○? ○○リン?
でもさぁ、お風呂の汚れって何だと思う?
そう、人の体の汚れ、垢や脂だよねぇ。
ところで皆さん、
体はバス○○なんかで洗ってないよねぇ。
そこのお兄さん、何で洗ってんの?
そうよ、石鹸だよねぇ。
つまり、体の垢や脂を落とすには石鹸がいちばん! 」
なんという説得力。
その論理に矛盾のカケラも無い。
そういえばお風呂の汚れは体の汚れ、体には石鹸です。
なるほど~、と頷いているとさらに続きます。
「さて、そこで今回ご紹介するのが、
このお風呂洗いの固形洗剤、
すべて石鹸と同じ成分で出来ています。
さぁ、ちょっとこの洗い桶を見て下さい、
人の垢、脂がベッタリです。
そこでスポンジにこいつを少々、
サッサ、ホラッ。」
見事に、本当にマジックのように汚れが消えている。
もう駄目、心の中では
100%買うことを堅く決意してしまいます。
さらにおじさんのダメ押し。
「さぁ、この環境にも優しい石鹸から出来た
お風呂洗い洗剤、通常は1個500円のところ、
本日に限り3個お求めいただければ、
1000円で結構です。」
もうサイフを取り出している僕の耳に、
とんでもない一言が突き刺さります。
「ただ今より1時間、限定60セット、
タイムサービス販売です。」
あんまりですよね。
崖っぷちに留まっていた人々の表情に、
一気に緊張が走ります。
もう千円札を高く掲げて前進あるのみ。
おじさんはと言えば、
「ありゃ、もう買う気持ちになったぁ?
軽過ぎる簡単過ぎる、なんだかモノ足らないねぇ。」
なんて顔をしつつ、てきぱきと売りさばいて行きます。
後ろに控えていた若いスタッフが
次々と3個セットを積み上げて行き、
夢の洗剤はアッと言う間に売り尽くされてしまいます。
さて、A駅での本来の買い物を済ませて
再び駅前に戻ると、おじさんはまだいる。
でも口上を述べているのは、
さっきは後ろに控えていた若いスタッフ。
やはり、おじさんと比べて説得力に欠けている。
客の関心度も今一歩。
若手スタッフが練習しつつ販売をしているのでしょう。
「え~っと、あの~、今から1時間で、
あの~、60セットの販売ですけど・・・。」
なんだ、商品は十分あるじゃないの。
しかも時間限定なんて言って、
いつでも売ってんじゃないの。
またダマされちゃったよ、などとぼやきつつ
家路に着きました。
さぁ、いよいよ夢の洗剤の威力を試そうではありませんか。
スポンジにちょいとつけて湯あかをサッ!
おっ、落ちるねぇ良いねぇ、
これは久々の当り商品ですねぇ。
と、ふと思い出したおじさんのセリフ。
「この洗剤は石鹸から出来た・・・。」
僕は我が家の3個128円の石鹸を
スポンジにちょいとつけて湯あかをサッ!
落ちちゃった・・・。
やれやれ、高い石鹸をわざわざA駅まで出掛けて
買って来たという結論でありました。
別に不良品でもなく、おじさんの言う通り
環境にも良い商品でした。
若干、お値段が高めなのは、
おじさんのアーティスティックな口上を聴く
木戸銭も含まれているからでしょう。
さて、ここでギャグ・マジックをぜひ!
もう知ってたらごめんね。
マッチを一本、相手に渡します。
「私の人差し指を強く見つめて下さい。
さぁ、もう貴方は絶対に一人でマッチは折れない。」
相手がマッチを折ったら、
自分もマッチを折ります。
そう、「一人で」折ることは出来なかったでしょ!
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