MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

ある雑誌に、
「過去を美化する」という妙な特集がありました。
過去を美化してしまえば
現在も未来さえもより良いものになる、とのこと。
本当かい、などと思いながらも
「過去を美化する」ことに夢中になってしまった今回、
題して


「美しい人生」


生まれは岐阜です。
生家は祖父が建てたもので、
広い前庭には乗馬を楽しむ広場がありました。
馬は7頭、
近くの笠松競馬場でのレースを引退したサラブレッドです。
裏庭にはテニス・コートが2面、プールもありました。
祖父はある銀行の頭取を長く務めた人物で、
かなりの資産家だったようです。
その息子、つまりは私の父も銀行に勤めていました。
ただ祖父のように頭取にはなれなくて、
出世よりも私たちとのピンポンを優先させるような
父でした。
テニス・コートの横の小さな卓球台で、
父は真剣にピンポンをするのでした。
私は姉二人の後に生まれた長男で、
祖父にずいぶんと可愛いがってもらった記憶があります。
姉たちの口癖は、
「お前は男に生まれたから、ずいぶん得をしてるよ。
 だから少し私たちに分けなきゃダメ」
なんだかサッパリ分からない理論でしたが、
ケーキとかメロンとかを食べる時には、
姉二人がより大きく切ったものをいただく
ということでした。
テレビのチャンネル権も同様で、
つまりは男に生まれたのでずいぶん損をしたのでした。

ある日、姉二人がケンカをしていました。
二人のどちらがより可愛いか? というのが争点で、
さんざん言い争ったあげく、通りがかった私をつかまえて、
「おいお前、二人のどっちが可愛いと思う? 」
髪ふり乱してののしりあっている姉二人、たまらず
「二人とも恐いよ」
と正直に答えた私に、
さっきまで争っていた二人は
共同して暴力をふるうのでした。
その恐ろしい経験は今もトラウマとなっています。

一ヶ月に何度も、祖父の主催で宴会が行われました。
我が家の広間に大勢の人たちを招いて、
呑めや歌えの宴会なのでした。
その宴会には必ず芸人さんたちが呼ばれていて、
様々な芸を見せてくれるのです。
テレビとか映画とかでなく目の前で見る芸は、
幼い私の記憶に強く残りました。
漫才、漫談、コント、どれも話の内容など
分かるはずもありません。
大人たちが大爆笑している様子を、
祖父のかたわらでボンヤリと見ているだけです。
それでも芸人さんたちのすごさのようなものが、
なんとなく伝わってきたように思えるのです。
どんな芸だったかはまるで覚えてなくても、
芸人さんたちの記憶は
なによりも鮮明に残っているのです。

ある日の宴会に、マジシャンが呼ばれていました。
宴会の半ば、そのマジシャンは私を手招きするのでした。
私に大きな湯のみを持たせ、
どこからともなくつかみ取ったコインを
湯のみに投げ入れるのです。
たちまち湯のみはコインでいっぱいになって、
「ぜんぶ、坊ちゃんのものですよ」
祖父に走りよって湯のみを見せると、
「良かったなぁ。
 こんな大金は、
 明日お父さんの銀行に預けなければならんぞ」
大人たちは愉しげに笑うのでした。
残念ながら、マジシャンがくれたコインは銀行には届かず、
姉たちに搾取されてしまいましたが。

コインはなくなっても、
見たこともなかった不思議さとマジシャンのことは、
忘れることはありませんでした。
長じて大学に入り、ボランティア研究会に入りました。
ボランティアに深く興味があったわけではなく、
ボランティアの手段として
マジックを用いていたからでした。
キャンパスの一角で入会を勧めるための
デモンストレーションに、
金属製のリングをつなげたり外したりしている会長の姿が、
幼い日に見たあのマジシャンの姿と
重なって見えてしまったのです。

入会するとすぐ、
会長にマジックの個人レッスンを志願しました。
あの日のコインのマジックを、
どうしてもマスターしたかったのです。
会長はすぐに私の才能を認めてくれ、
会長の持つコイン・マジックのすべてを
伝授してくれました。

あちこちの老人ホームを廻ることになりました。
ボランティアといっても、
学生たちが拙いマジックを見てもらい
「とっても上手だったですよ」
などと慰めてもらうという、
どっちがボランティアだかわからないような
活動ではありましたが。

一年二年がまたたく間に過ぎ、
私のコイン・マジックはますます上達していきました。
そして多くの人望を集め会長となった私は、
部員たちを率いての慰問活動に精を出しました。
とある老人ホーム、
私はいつものようにひとりの老人に湯のみを持ってもらい、
そこに取り出したコインを満たしました。
いつものように
「あなたの銀行に預金しましょうか?」
などと問いかけたのです。
すると小さな声が返ってきて、

「ぜんぶ、坊ちゃんのものですよ」

2003-03-31-MON

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