MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『続・マジシャンの災難』

右足親指から剥がれてしまいそうになった我が爪は、
お陰様でなんとかくっついてくれたようだ。
痛みもどこか遠くに消え、
お風呂に入っても
右足だけを濡らさないようにする手間もなくなった。
そのうちに絆創膏も不要となり、靴を履いても平気、
大好きな散歩もし放題となった。
やれやれ完全復活! と思っていたら、
完全にくっついてくれたはずの爪が
今度はブカブカし始めた。
よく観察したところ、
爪と親指本体との間が3mmほど開いているではないか。
私はしばし爪の周辺に触れた後、
思いきって爪を持ち上げてみた。
すると、爪はなんの抵抗もなく
垂直に持ち上がったのであった。
そこで持ち上がった爪の中を見てみると、
親指本体の表面に新しい、小さな爪が出来ていた!
そうか、それでこの剥がれた爪は不要となったのか。
しみじみと納得した私は、
爪切りでどんどん剥がれた爪を切り離していった。
爪と、かろうじてまだくっついている皮膚との境界線では
かなり慎重になりながら、とうとう古い爪を完全切除した。
まだまだ心もとない小さな新しい爪に触れると、
とてもこそばゆい。
それでもついつい触れながら、
私はあの激しい痛みを奇妙に懐かしく思い出していた。

だいぶ以前のこと、
私はタクシーで優雅に東京駅に向かっていた。
ところが、途中で
肝心の新幹線のチケットを忘れたのに気づいてUターン、
ダダダーッと部屋に戻ってチケットをつかんでダダダーッ、
タクシーの運転手さんに無理を言って急いでもらい
5分前に東京駅に着いた。
ホームまで全速力でダダダーッ。
仕事を終えて帰りの新幹線、
私は疲れきって眠ってしまっていた。
車内は冷房が効いて冷えていた。
東京駅に着き、やっと目が覚めた私は
乗り換えホームへと急いだ。
エスカレーターを駆け上がるように昇ったその瞬間、
右足ふくらはぎに鋭い痛みが走った。
始めは誰かに蹴られたかと思ったその痛みの原因は、
なんと私の人生初の肉離れであった。
折しも世間は狂牛病騒ぎの頃、テレビから、
「消費者の肉離れが加速しているようです」
などと聞こえてくる。
だが、私のは痛い痛い本当の肉離れなのであった。
なんとか最寄りの駅まで移動できたのだが、
痛みは増すばかりである。
歩くどころか、
右足を地面に着けることもままならない状態だ。
これは緊急事態、
私はいつも診てもらっている指圧の先生に電話、
幸いにも繋がってタクシーで先生のところに向かった。
「はは~ん、こりゃぁ冷えきった筋肉を
 いきなり動かしたから、筋肉が裂けたんじゃ。
 肉離れっちゅうまでいかんけれども、
 こりゃぁ、ちょっと痛いかもしれんのぉ」
しょーもないアホじゃのう、
私は罵られながらも治療を受け続けた。
「まぁ、1週間も通ってくれたら治せるじゃろう」
先生の治療によって、なんと初回の治療直後から、
私はなんとか足を着けるまでになった。
だが依然として歩くものままならない状態だ。
「ちょっと右足だけ外側に向けて歩いてみぃ。
 なんなら横を向いてカニみたいに歩くと
 痛ぁないはずじゃて」
確かに横歩きだったら歩くことができた。
だが、少しでも右足のふくらはぎ辺りに
力が入ろうものなら、強烈な痛みが襲ってくる。
この痛みはしばらく続いた。

爪が剥がれてもふくらはぎの肉離れでも、
その痛み具合の激しさの割に外見に影響がないのであった。
激しい痛みに顔をしかめても、
優先席を譲られることはなかった。
慎重に痛みを感じない歩き方をすると、
どうしても歩きが遅くなり、
我先に急ぐ人々に容赦なく押し退けられる。
つらい日々であった。
以前から、
「お前は人の痛みの分からないヤツだ」
そう言われ続けてきた私であるが、
あれやこれやの体験を経て、
ちゃんと人の痛みが分かる人間になった。

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2006-06-25-SUN

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