MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


マジシャンには7人の敵がいる。
一歩外に出れば、否、外に出なくたって敵がいるのだ。
そんな敵に立ち向かうべく、今日もマジシャンは旅に
出るのであります。
そこで今回のお題、

『マジシャンの敵』


< 役者は敵だ >

今日はマジック指導Day。
役者さんにマジックを教えなければならない。
バラエティ番組でタレントさんに
マジックを教えるという仕事は多くやってきた。
たいていはほんの数時間でちょこちょこっと教えて、
「はい本番、よろしく~!」
後は野となれ山となれ、である。

役者さんに教えるとなると、
どうかすると一日仕事になる。
スタジオに入ると、
まずは役者さんに質問をされることが多い。

「僕、まったく分からないんですが、
 マジシャンの方って、
 普段はどういうような生活なんですか?
 それに、練習は何時間くらい、してるんですか?」

あれこれ聴きながら、
彼はしきりに私の仕草を見つめている。

「マジシャンの生活っていっても、普通ですよ。
 ただ、なんか物を手にすると、
 消してしまうマジックをしたり、
 別のところから出てくるマジックをしちゃいますけどね」

私がそう答えると、役者さんはすぐに、

「えぇっ? それって、今やってもらえます?」

そうリクエストして、私のマジックというか、
ただの手慰みを熱心に見つめる。

役者さんは出し物、マジックを教わる前に、
マジシャンになりきろうとするのだ。

楽屋で、マジシャンが退屈そうに
出番を待っているシーンの本番となった。
役者さんが演じるマジシャンは、
丸めたティッシュを消したり出したりしている。
まさに、マジシャンそのものになっている。
マジックの出来不出来は関係なく、
セットの中の空気感、雰囲気が
妙に怪しいマジシャンそのものになっているのだ。

指導したマジックのシーンとなる。
お見事である。
教えたマジックは、
実に軽やかで美しい不思議を醸し出しているではないか。

私は敗北感に苛まれる。
「負けた。
 役者さんはもう、
 一流のマジシャンになりきっている。
 いや、マジシャンよりもマジシャンになっている」

役者さんは、手強い。
私の、マジシャンの敵なのだ。


< 歌のうまいやつは敵だ >

高校生の頃、クラス旅行があった。
クラス全員がバスに乗り、飛騨高山に向かう旅だった。

誰かが歌い出し、やがてマイクは奪い合いとなった。
Y君という、おとなしくて目立たない子が歌い出した。
バスの中が急にシ~ンとなった。
Y君の歌があまりに上手かったのだ。
クラスの誰もが、
「だ、だ、誰なんだぁ? この素敵な歌声は?」

Y君は別に高揚することもなくただ淡々と、
当時流行っていたラブソングを歌っている。
クラスの女子たちは少し驚いた表情になりながらも、
ウットリと聴き入っている。

Y君はイケメンではなかった。
成績もあまり芳しくなかったように思う。
だが、歌は彼の評価を一変させてしまった。
私が秘かに想いを寄せていた女の子も、
完全にY君の歌の魔力に絡めとられているではないか。

時々、呑み友達たちとカラオケに行く。
始めはちょっとしたマジックで、
私はその夜のスターとなる。
だが、歌のうまいやつが出現するとたちまち形勢逆転、
私はただのおじさんと成り果てる。
歌のうまいやつは、マジシャンの敵なのだ。


< 落語家は敵だ >

これまで会った落語家の方々は、
皆さん実に堂々としている。
もう、何があっても落ち着いている。
着物を着て座布団に座ってしまえば、
「はいはい、あたくしは落語家でございまして」
まさに、悟りの境地である。

マジシャンは、私はなぜか時々弱気になる。
「こんなマジックでいいのだろうか?
 少し変えた方が今日のお客さんにウケるかなぁ?」

私は不安に駆られて落語家さんに訊いてみる。

「ねぇ、噺を替えてみようかとか、
 ちょっと間を変えたりとか、迷ったりしない?」

落語家さんは私の問いを理解できないような様子で、

「はぁ、替えませんねぇ。
 まぁ、いつものように、ですね」

なんなんだ、落語家は。
落語家は何事にも動じない、
ついでにマジックにも驚かない。
つまりはマジシャンの敵なのである。


< アルコールは敵だ >

マジシャンたるもの、
常に新ネタを考案しなければならない。
あれこれウンウン唸って考える。
だが、まるでアイデアが浮かんでこない。

ワインがある。
日本酒もある。
リキュールもある。

ワインにチーズ?
日本酒に冷や奴?
それとも、リキュールをストレートできゅっと?

私はすっかり酩酊し、ついには眠ってしまう。
夢の中で素晴らしい新ネタをいくつも思いつく。
だが、目覚めると素晴らしい新ネタは
記憶の中から消えてしまっているのだ。 

私は心底がっかりして、
更にワインも日本酒もリキュールも呑んでしまう。

「ウィ~、アルコールは敵だぁ、ウィ~」


他にもまだまだ敵が待ち受けている。
敵は敵なのだが、皆、素敵な敵でもあるから困る。
どうやら今日も、私の負け戦になりそうだ。

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2013-03-31-SUN
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