MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『決して鍋に火を点けてはならない』


誰が言ったか、
挨拶とスカートは短い方がよいと申しますが、
そう思っていても、短く想いを伝えるというのは、
なかなかに難しいものでございます。

ある社長さんは、
とにかくスピーチが長いので有名でありました。
大広間での打ち上げ、宴会でのことでありました。
いつもの通り、社長さんのご挨拶から始まりました。

「え~、本日は大変にお疲れさまでした。
 皆さんのお陰で、
 なかなかの出来であったと思います」

これで挨拶としては充分と思うのですが、
ここから社長さんの哀しい真骨頂が始まるのでありまして、

「そもそも、あ~、
 私がこの企画を立ち上げたのは、
 あ~、振り返れば昭和◯◯年、
 私がこの会社を創って・・・」

ずいぶんと時代を遡るのでございます。
話は昭和の時代から始まるのですから、
平成の現代に至るまでの、
それはそれは長い歴史絵巻が
語られ始めようとしているのでございます。

それはそれで、聞き手は
じっと我慢の子であればいいのでしょう。
ただひたすら、まるで興味を引かれない話、
言葉が頭の上を通り過ぎるのを待てばよいのです。
ところが、この日の宴席のテーブルに並んでいるのは鍋、
寄せ鍋でございました。
困ったことに、割烹着を着た仲居さんたちは、
この社長さんの挨拶が
いつも長いことを知る由もないのでありまして。
社長さんが話し始めると同時に、
テーブル上の鍋に次々と
手際良く火を点けて回るのでありました。

全部の鍋に火が点いた頃、
はて社長さんの物語はまだ昭和の半ば頃だったでしょうか。
昭和の終盤にさしかかった頃には、
鍋の蓋の小さな穴からふっ、ふっと、
湯気が立ちのぼり始めたではありませんか。

社長さんにも、宴席の鍋の様子は見えているはずです。

「いやはや、これからが私の物語の
 クライマックスなのでありますが、
 残念ながら鍋が頃合いになっているようで、
 私の挨拶は、もう、よせ鍋ってことですかな、
 ガッハッハ」

というような締めになれば、
社長の株は一気に、龍のごとく高い空へと急上昇~、
となるのですが、現実はそうもいかない。

社長の話は続き、鍋の湯気は
機関車のごとく吹き上がってまいります。
困ったことに、なんとも言えないよい匂いが
宴会場に漂うのでございます。
もう、私なんぞは腹の虫がぐぅぐぅと
遠慮なく鳴き始める始末。

ガバッと蓋を取り、

「社長、お話の途中ですが皆さまの我慢と鍋が
 煮えくり返っておるようでございます」

と、ご注進申し上げたいところ。
しかし、私は知っているのでございます。
ご注進を申し上げた先輩たちの姿が、
その後に雲散霧消しているという事実を。

もうすでに、誰も社長の話を聞いてはおりません。
本日の宴席のメニューを鍋と決めた奴、
大バカ者は誰かと犯人探しを始める者、
隣の人とヒソヒソ話をする者、
なぜか急に笑いがこみ上げてきて、必死に我慢をする者。

社長の挨拶の途中で笑うのは、
社員のなかでは絶対のタブーとされているのです。
なぜなら、会場で少しでも笑いが起きようものなら
社長さんは、
「おぉっ、ウケた~!」
などと勘違いされ、気をよくして
増々話が伸びるのでございまして。

私の横に座ったアメリカ人が、
しきりに私に聞いてきます。

「日本語が分からないよ。
 社長は何をしゃべっているの?
 ずいぶん長いけれど、この目の前の料理、鍋?
 大丈夫なの?」

私が、

「彼のヒストリーを話してるから、ロングロング」

そう説明すると、彼は、

「オウ、シャチョーサン、
 カレハ、ジブンノ、ボイス、スキ。
 アメリカ、デ、ホット・エアー、ネ。
 タダ、アッタカイ、クウキ。
 イミ、ナイネ~」

社長さんのご挨拶がついに終わり、
大きな拍手が沸き起こります。
それはもう、

「終わった!
 終わったよ~!
 ついに闇は明けて、夜明けが来たのだ~!」

とまぁ、まるで解放の喜びの拍手なのであります。
変な言い方になってしまいますが、
この万来の拍手を聞くと、
雰囲気だけは名演説の後のように
なってしまうのでありまして。

さて、待ちわびた鍋をオープンでございます。
すでに出る湯気が弱まっているのを気にかけつつ、
蓋を開けますというと、寄せ鍋は汁気を失って
あわれ佃煮のように煮詰められているのでありました。
アメリカ人のマルコが聞いてきます。

「コレ、ドウイウ リョウリ?」

どうか皆さま、挨拶が長い宴席では
寄せ鍋などの鍋料理はお避けになっていただきたいと
切に願う次第でございます。
また、挨拶と同様にエッセイなども
短いのが実はよろしいのではないかと思い、
本日はこの辺でご挨拶に代えさせていただきます。
ご清聴、誠にありがとうございました。

このページへの感想などは、メールの表題に
「マジックを読んで」と書いて、
postman@1101.comに送ってください。

2013-05-19-SUN
BACK
戻る