『ウラオモテサン』
すっかり秋めいたある日の午後、表参道を歩いた。
表参道といってもかなり奥、
あまり人の多くない路地をぶらぶらと歩いた。
原宿の裏通りをウラハラ(裏原)と言うそうだから、
ここはウラオモテサン(裏表参)と言うべきだろうか。
「そんな訳ないだろうっ!」
ひとりツッコミしつつ歩き続けると、
ステージ衣装に良さげなジャケットが
目に飛び込んできた。
おぉ、これはあの世界的に有名な
日本人デザイナーの店ではないか。
私はいそいそと侵入し、
さっそくジャケットの手触りを確かめてみた。
すると、若い男性店員が笑顔を浮かべて近づいてきた。
若いなぁ、20代前半だろうか。
彼の話を適当に聞き流していると、
いきなり、
「しかも、この服は『お手洗い』できますよ」
と続けたではないか。
いやはや、丁寧に伝えたいのは分かるが、
手洗いに『お』を付けてはダメだろう。
私は、
「いや、僕はお手洗いより、おクリーニングだよ」
などと茶化してやろうと思ったが止めた。
そりゃそうだ。
私だって彼くらいの年頃には、
マジックを間違えてばかりいたもの。
若い店員さんだって、今はこの程度なのだが、
しっかり経験を積んで
いつかは見事な接客術を身につけるに違いないのだ。
私はといえば、長々と経験を重ねてきたものの、
これぞ我がマジックというものを掴んでいない。
未だ暗中模索&七転八倒中なのだ。
あるマジシャンが、
撮り溜めた自身の演技のVTRを編集し、
つなぎ合わせた彼のマジックを見せてくれたことがある。
鳩出しマジックは上手くいったものの、
ウサギは上手くいかなかった演技のVTRと、
鳩出しがダメでもウサギ出しが良かったVTRを編集し、
鳩出しもウサギ出しも上手くいったように
編集してあったのだ。
8分の自分のマジック・ルーティンの完成形を、
過去の多くのビデオ映像を総動員し、
始めから終わりまで失敗のない演技に加工し、
「これが俺のマジックの完成形なんだよ」
と、ウットリと眺めていた。
そんなことを思い出しつつ、私は若い店員さんに、
「あの、お手洗いは借りられる?」
と訊いてみた。
店員さんは、
「はい、手洗いはこちらです」
と、なぜかこちらには『お』を付けず、
しかし丁寧に案内してくれた。
ウラオモテサンは、なかなか奥が深いのであった。
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