『名人への近道』
すっかり秋めいた空を眺めつつ、思う。
「私のマジシャン、芸人としての
完成形に到達するには、
まだまだ時間がかかるのかなぁ」
マジシャン、芸人には定年というものがない。
ありがたいことと思うのだが、反面、
いつ辞めていいのかが分からない。
いいなぁと夢見ているのは、
「やっほ~、
これがおいらの完成形でございますよ。
やっとできましたので、これで引退しま~す」
と笑顔で宣言できること。
しかし、涼しいを通り越して
冷たい風に震えつつ、
「待てよ、自分で思う完成形というのは、
かなり盛り過ぎの完成形ではないのか?」
なぜなら、幸運にも
数多の名人上手の師匠たちの芸を
間近でたっぷりと拝見でき、
時にはプライベートな芸談義まで
披露していただいてきた。
我が師、初代・引田天功も
その生き方でマジシャンそのものの完成形を
見せてくれた。
そんな師匠たちの
偉大な完成形を近くで見てきたので、
自分の完成形も知らず知らずに
大きく見積もってきたのではないだろうか。
風にさらされ、背中を丸めて思う。
「やれやれ、師匠たちのような完成形には
いつまで経っても届くはずないよ」
もうひとりの自分は、
「いやいや、
お前の完成形は以前にあったんだよ。
それも小さな小さな完成形が。
で、その後は
その完成形を取り崩してるだけだよ」
あれこれ弱気になっていると、先輩芸人が、
「大丈夫だよ、いざとなれば
名古屋に引っ越せばいいのさ。
そうすりゃぁ名古屋の芸人、略して名人、
がっはっは」
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