『続・ここはどこ? 私は何してる?』
ワインの試飲を終え、
我々は次の目的地へと向かった。
車内で、今回のツアーを企画したSさんが、
「次はですね、牛乳の試飲をしてもらいます。
これがですねぇ、美味しくてビックリですよ」
私は、ワインを試飲しながらの
皆さんの会話を思い出していた。
「カベルネ系の、やはり深い味わいがあって、
かすかにナッツの香りが‥‥」
「シラーよね。
とってもフルーティーで、
まだ青い落ち葉のような風味が感じられて‥‥」
「水辺の、苔蒸した木陰の香り。
ひんやりとした樹液のような味わいが
喉を滑り降りて‥‥」
私にはチンプンカンプンの表現ばかりであったが、
ワインの試飲にふさわしいオシャレな会話だった。
それに比べ、私ときたらまるで会話に参加できなかった。
ならば次の牛乳の試飲では、
私なりのオシャレな表現を繰り出して
劣勢を挽回せねばなるまい。
「ふむ、ホルスタイン系ならではの深い味わいで、
かすかに干し草の香り‥‥」
「ジャージー種ですね。
とってもミルキーで、まだ第1胃で咀嚼したばかりの
若草のような風味が感じられ‥‥」
「搾りたてのような淡い温もり、
反芻された穀類の甘み‥‥」
車は◯◯乳業に到着し、私は意気揚々と試飲会場に入った。
会場は、小学校の教室を思わせる佇まいであった。
保健体育の先生を思い出させるような女性が、
牛乳について力強く語り、
牛乳パックを最前列の机に置いた。
「コップに好きなだけ注いで飲んでみてくださいね~」
指示もいたって単純明解、まるで、
「黙ってゴクゴク飲めばいいのよ~!」
そう言われているみたいだった。
私は一瞬にして小学生に戻り、
先生の指導通りに大きめのコップに
たっぷりと注いだ牛乳をゴクゴク、
「ウヒョ~、うまい~」
次に出された飲むタイプのヨーグルトをグビグビ、
数種類のチーズを次々に口に放り込み、
「ウヒョ~、うまい~」
ふと他の参加者たちを見ると、
皆さん細かくメモを取っている。
そうだ、この牛乳の試飲についても
後に詳細なレポートを提出しなければならないのだった。
だが、私は小学生に戻っていたので、
メモには
『牛乳うまい、チーズうまい、おしまい』
とだけ書いておいた。
(おしまい)
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