『師走もハッピー』
いつの間にやら、師走である。
まったく、ついこの間、
「明けましておめでとうございます」
などと挨拶を交わしていたような気がするのに。
師走は昼が短い。
ちょっと用事があって2時、3時の昼ごはんの後、
小さな仕事なんぞをしていると、
たちまち日が暮れてしまう。
午後の4時を少し回るとトロリトロリ日の光は弱まって、
黒い夕闇が押し寄せてくる。
私は師匠ではないが、遅い昼ごはんを済ませて外に出ると、
ビルの向こうにやってきている夕暮れ色を感じて、
ついつい気ぜわしく走り出してしまう。
でもね、この早すぎる夕暮れというのも悪くない。
小さな仕事を済ませて外に出ると、蕎麦屋さんが、
『ハッピー・アワー! 生ビール1杯目、無料!』
などと書かれた看板を出しているではないか。
師は仕事に走るのだろうが、私は蕎麦屋さんに走るのだ。
夏の時期なら、ハッピー・アワーは
6時、7時にやってくる。
ところが冬は、5時過ぎにはもう
ハッピー・アワーの真っ最中だったりして。
わるくない、わるくない。
一緒にハッピーになろうと誘ったA君が、
「小石さんは右脳なんですよ。
だから、感覚で判断するんですよ。
理屈じゃなくて感覚。
だからですかねぇ、僕と話が合うのは」
と、理屈っぽく語っている。
普通の人間は、左脳で考えるのだという。
ゆえに、理論が先走って、
「いや、その考えは間違ってるよ。
つまりね、私の言いたいのは‥‥」
「そうかなぁ、そんなことはないと思うよ。
だって、考えてごらん、人間というものは‥‥」
などと激論を戦わせてしまう、ということらしい。
私は右脳だから、
「つまりね、こういうことなんですよ」
と言われて、
「へぇぇぇ~、そうなんだぁ、へぇぇぇ~」
やたら感心ばかりしていて反論などしやしない。
本当は反論したくても適切な言葉が見つからず、ただ、
「へぇぇぇ~」
などと驚いているだけなのだが。
「小石さん、マジックというのは、
動体視力との戦いではなくて、
心理的な慣性の法則なんですよ。
だから‥‥」
「へぇぇぇ~」
この時間だけは、師走といえども
ゆっくり過ぎていくようだ。
こんな師走もわるくない、わるくない。
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